振替株式の株式買取請求権
前回、株式買取請求権の話題を書きましたので、その関連で
振替株式の株式買取請求権
についてお話しします。
株式買取請求権には
116条(譲渡制限等の付加の定款変更)
469条(事業譲渡等)
785条(吸収系組織再編の消滅会社等)
797条(吸収系組織再編の存続会社等)
806条(新設系組織再編の消滅会社等)
があり、その効力発生日(株式の移転の効果が生ずる日)は
1 吸収合併・株式交換の場合の785条 吸収合併・株式交換の効力発生日(786条5項)
2 新設合併・株式移転の場合の806条 新設会社の設立の日(807条5項)
3 それ以外 代金支払日
とされています。
他方、振替法には、3の場合を念頭においた
代金の支払いと振替の同時履行(振替法155条)
の規定は置かれていますが、1や2の場合の特則は置かれていません。
そのため、上記1や2の場合に、実務上、どう取り扱ったらいいのか、ということが問題となってます。
ここでは、
上場会社であるA社とB社が、B社を完全子会社化するため、A社の振替株式を対価とする株式交換(交換比率2対1)を行う場合に、B社の株主XがB社に対して100株の株式買取請求権を行使した
という事例をあげて説明します。
まず、この事例において、会社法では、どのような権利関係になるかを概観すると
<株式交換の効力発生日前>
XがB社株100株を保有
<株式交換の効力発生日>
① XのB社株100がB社に移転
② B社が取得したB社株100は、株式交換によりA社に移転
③ B社にA社株50が割り当てられる。
ということになります。
これに対し、振替口座簿の記録は
<株式交換の効力発生日前>
Xの口座にB社株100株記録されている
<株式交換の効力発生日>
Xの口座のB社株100が抹消され、A社株50が記録される
(B社株は、振替株式ではなくなるので、どこにも記録されない)
B社の口座には何も記録されない
ということになります。
このように会社法が予定している法律効果と振替口座簿の記録が対応していないので、
会社法の法律効果のとおりに、振替口座簿の記録を合わせる処理を行うのか
振替法が優先されて、振替口座簿のどおりの法律効果が生じるのか
ということが問題となります。
特に問題になるのは、会社法の法的効果の①の部分、すなわち
株式交換の効力発生日に、Xの保有するB社株式100株は、B社に移転するのか
というところです。
というのも、振替法140条は
振替株式の譲渡は、振替により、譲受人の口座に増加記録がされなければ効力が生じない
というルールを採用しているので
XからB社へ振替が行われていないので、株式の譲渡の効力が生じないのではないか
とも考えられるからです。
これを法的に表現すれば
振替法140条は、会社法786条5項の特則か?
ということになります。
株式買取請求権は、株主と会社との間で売買契約を成立させる権利です。したがって、株式買取請求権の行使による株式の移転は、基本的には、売買契約による株式の譲渡と捉えるのが素直でしょう。
とすれば、振替法140条は、「振替株式の譲渡」についての特則なので、振替がない以上、株式の移転の効力は発生しないと考える見解もあります。
ただ、このような解釈を採った場合
Xが、株式交換の効力発生日の前日までに、B社に対して買取対象株式の振替をしていなければ、効力発生日の株主は、Xのまま
となり、XにA社株式が割り当てられてしまいます。
他方、B社は、効力発生日までにB社株式を取得することができなかったので、A社株式の割当を受けることはできません。
また、Xが行使した株式買取請求権については、Xが株式交換によりB社株式を失った以上、B社に対しB社株式を交付することはできなくなり、Xの義務の履行不能となります。そして、B社のXに対する代金支払い債務も、危険負担の債務者主義により、消滅します。
つまり、
Xの株式買取請求権は、効力を失う
ことになります。
このように振替法140条を会社法786条5項の特則と捉えれば
XがB社に対して株式買取請求権を行使する場合には、効力発生日の前日までに、買取対象株式をB社の口座に対し振替を完了させること
が法律上要請されることになるわけですが、
振替の申請から振替の完了まで4営業日程度が必要なので、株式買取請求権が、株式交換の効力発生日の直前に行使されると、効力発生日までに振替が完了しない
という問題は解決することができません。
そのため、本来、会社法上、株式買取請求権が行使可能であるにもかかわらず、事実上、これを行使することができない場合が生ずることを認めていいのか、という批判を受けることになるでしょう。
それでは、このような不都合を避けるために
振替法140条は、会社法786条5項には適用されない
という考え方はできないでしょうか?
振替法140条は、「譲渡」に関する規定ですから、たとえば、株式交換による完全子会社株主から完全親会社への株式の移転のように「譲渡」以外の移転には適用されません。
そして、会社法786条5項は、
株式交換の効力発生日において、株式買取請求権の効力が発生しなければ、完全子会社が自己株式を取得することができなくなる
という問題を回避するために、本来、双務契約においては認められるべき代金支払義務と株式移転義務の同時履行を認めず、
法律上、強制的に完全子会社への株式移転を認める規定
であり、同項による株式移転は、当事者の契約に基づく「譲渡」には該当しないものとも考えられます。
とすれば、会社法786条5項の株式移転については、振替法140条は適用されず、
説例のXからB社への株式移転は、株式交換の効力発生日に効力を生ずる
ことになります。
そして、B社がB社株式を取得することができれば
② B社が取得したB社株100は、株式交換によりA社に移転
③ B社にA社株50が割り当てられる。
という会社法の予定している法律効果が生ずるので、株券の電子化前の取り扱いとほぼ同様の取り扱いが可能になります。。
もっとも、振替口座簿では、B社の有するA社株50株が、Xの口座に記録されているので、B社は、Xに対し、A社株50について、B社の口座を振替先口座とする振替の申請を求めることになるでしょう(不当利得返還請求権)。
この際、Xは、B社による代金の支払いと、A社株50の振替の申請の同時履行の抗弁を主張することができるか、という点は難しい問題ですが、本来、代金の支払いと同時履行の関係にあったB社株の代替物としてA社株が記録されたことを考えると、同時履行を認める方が公平であるように思います(条文上の根拠がないので、これを否定するという見解もありうるでしょう)。
以上のようにB社の株主Xについては
1 株式交換の効力発生日前に振替が完了しなければ、株式買取請求権の効力が失われるという解釈
2 株式交換の効力発生日に株式買取請求権の効力が発生し、完全子会社であるB社はXに対してA社株の振替の申請を求めることができる
という二つの考え方がありえますが、個人的には、2の方がマイルドで会社法と整合するので気に入っています。
実務では、まだ固まりきっていないようにも思うので、今後の実務の進展が楽しみなところです。
(質問コーナー)
Q1
お聞きしたいのは、先生は、
①どのような基準で参照すべき文献を検索されるのでしょうか。
②また、どのような基準で、文献の取捨選択を行うのでしょうか。
③さらに選択した文献はどのように管理してますでしょうか。
(ワープロでまとめる作業などはなさいますか)
膨大な量の情報がある場合の上記基準などについて、先生の術法を教えていただければと思います。
投稿: やまだ | 2009年7月 2日 (木) 13時27分
A1
① 検索の仕方は、問題によって様々ですが、最近は、判例、文献検索のデータベースが充実してきているので、まず、データベースで検索します。そして、原典をあたって、参考文献として掲げられているものをさらに調べるという感じが多いのではないでしょうか。
② 取捨選択は簡単です。最高裁判例は尊重する。地裁判例はあまり尊重しない。文献は、論理的に正しいと思うものは尊重する。非論理的なもの、商法改正や会社法で上書きされたものは、尊重しない。
③ 文献の管理は、データベースの結果は、1つのファイルに貼り付けます。文献は、重要部分のみ、PDF化してそのファイルに貼り付けるか、同じフォルダに保存します。
Q2
都内私大ローのW大、K大、C大、以上3校のうち、H22年4月入学者から、W大が定員を1割削減することを公式にプレスリリースしたようです。また、K大も「定員削減を検討中」とのことです。
そんななか、ひとりC大だけが「定員削減は予定していない」と文科省のご意向に頑なに逆らい続けています。
C大にはやはり、相応の報復措置が下されるのでしょうか。
投稿: 佐々木歓一 | 2009年7月 5日 (日) 02時53分
A2
私は、文科省の役人ではないので、分かりません。
行政指導に対して、「報復」したら行政法上問題ですが。
Q3
Q5に対する回答で、「女」と書かれていますが、女性から見たら不愉快です。
常識のある人なら「女性」と書くべきではないでしょうか。
大変ガッカリしました。
投稿: ひと | 2009年7月 5日 (日) 14時36分
こんばんは。いつもは読むだけですが、他の方のコメントでどうしても気になった
ので、一言書き込みます。
>女性から見たら不愉快です。
あなたとあなたの周りにいる女性だけが「女性一般」ではないでしょう。
>常識のある人なら「女性」と書くべきではないでしょうか。
どのような「常識」でしょうか。私が不勉強で知らないだけかもしれませんが、
「女」という言葉がそれほど避けなければならない言葉だとは思いませんが。
>大変ガッカリしました。
がっかりされるのは自由ですが、ブログ主に何を期待されておられますか。
投稿: John | 2009年7月 9日 (木) 00時14分
「女性」「女」論争はよく耳にするので、是非葉玉先生の御意見を御聞きしたいと思います。
私の意見としては、「女」と呼ばれることを不愉快と感じる女性は、男性のことを「男」と呼ぶことは果たしてないのでしょうか。一般的に、「男」という表現は差別的な表現とはされていないように思われます。男性については「男」という表現も一般的に使用されるにもかかわらず、女性は「女」と表現するべきではないというのは、一歩間違えると逆差別にもつながりかねませんし、また、そのように感じる女性は意識し過ぎ(あえて強い表現を使えば、男性以上の特別扱いを求めている)と言えるかもしれません。Lady Firstが当然のエチケットとされているアメリカでも、そのような特別扱いを逆に不愉快と感じる女性が増えているとよく聞きます。体力差もありますし、子育ての問題等もありますから、当然のことならが何でもかんでも男性と女性は同じように扱われるべきだとは思いません。もっとも、上記のような呼称についてまで拘られるというのは、少々行き過ぎではないかというのが私の意見です。
投稿: 男 | 2009年7月13日 (月) 09時17分
A3
不愉快になったとすれば、すみません。
でも、私の日本語の感覚では
恋するのも、別れるのも、男と女
と思っています。
「男と女」という映画がありましたが、「男性と女性」というタイトルではピンときません。
男性と女性というのは、統計や論文の中で、性のカテゴリーや一般的な名称として使うのには適していますが、恋愛という情念の世界では、「男」「女」じゃないと、気持ちがこもりません。
Q4
株主名簿閲覧請求と、計算書類閲覧請求の拒否事由は同じですが、これは両者パラレルに考えていいということでしょうか。
会社にとって不利益の程度が株主名簿閲覧請求されるほうが高いとの思えるのですが、株主にとっては株主名簿閲覧請求のほうが不利益が高いとも思えるのですが、どのようにかんがえればいいでしょうか?
投稿: ほいほほい7 | 2009年7月 5日 (日) 16時15分
A4
なんとも答えにくいですが、過去の記事を参照してください。
Q5
完全親会社(A)とその完全子会社(B)があるとします。Bがその事業の一部(X事業)をAに会社分割の方法により移転し、Aはそれに対して分割対価を交付しなかったとします。他方で、BはX事業の他にY事業を営んでいて、Y事業については今後も営むことを予定しています。この場合、BはY事業の債権者との関係で債権者異議手続を履践する必要があるでしょうか?わざわざA株式の還流(AからBへ、そしてBからAへ)を行うのも面倒ということで対価を交付しない扱いとしているという意味では実質面では分類としては昔の人的分割(税務的には分割型分割(国税庁も一定の要件のもとにこのように理解していますね。))ですが、会社法の規定で債権者異議手続が必要とされているのは、吸収分割株式会社が効力発生日に全部取得条項付種類株式の取得又は剰余金の配当をすることについて吸収分割契約において定めている場合とされており(会社法第789条第1項第2号括弧書)、本件では、全部取得条項付種類株式の取得又は剰余金の配当はないことから、法解釈上は、債権者異議手続は不要と解さざるを得ないように思いますがいかがでしょうか。
投稿: 会社分割大好きおじちゃん | 2009年7月 6日 (月) 15時05分
A5
分割会社の承継対象となっていない債権者は、債権者保護手続きは不要です。
Q6
たとえば、株券発行会社で、譲渡制限株式を譲渡して、未だ株式の名義書換え未了の場合に、株主総会が開催された場合に、譲渡人に招集通知がなされなかったため、譲渡人が株主総会決議取り消しの訴えを提起し、会社としては、譲渡人の株主の地位を争っているという事例を考えた場合、招集通知もれという取消事由該当性の話の前提として、譲渡人は会社に株主であることを対抗しうるかということを論じることになると思います。
譲渡人が株主の地位にあるかどうかというのは、訴訟要件である「株主」(会831①)に該当するのかという、原告適格のところで論じるべき問題なのか、それとも、本案の取消事由の有無のところで論じるのか、どちらなのかがわかりません。
株主名簿上はいまだ譲渡人名義なので、形式的には「株主」に当たるとして、本案で実質的に判断するのか、それとも、原告適格の問題のところで、実質的に株主と言えるか、判断するのか…わかりません。
投稿: ロー3年生 | 2009年7月 8日 (水) 21時00分
A6
会社法100問を読んでください。
旧司法試験の過去問に載っています。
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