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2009年7月14日 (火)

振替株式の株式買取請求権

前回、株式買取請求権の話題を書きましたので、その関連で
   振替株式の株式買取請求権
についてお話しします。

 株式買取請求権には
   116条(譲渡制限等の付加の定款変更)
      469条(事業譲渡等)
      785条(吸収系組織再編の消滅会社等)
      797条(吸収系組織再編の存続会社等)
      806条(新設系組織再編の消滅会社等)
があり、その効力発生日(株式の移転の効果が生ずる日)は
  1 吸収合併・株式交換の場合の785条 吸収合併・株式交換の効力発生日(786条5項)
    2 新設合併・株式移転の場合の806条 新設会社の設立の日(807条5項)
    3 それ以外 代金支払日
とされています。

他方、振替法には、3の場合を念頭においた
  代金の支払いと振替の同時履行(振替法155条)
の規定は置かれていますが、1や2の場合の特則は置かれていません。

 そのため、上記1や2の場合に、実務上、どう取り扱ったらいいのか、ということが問題となってます。

 ここでは、
 上場会社であるA社とB社が、B社を完全子会社化するため、A社の振替株式を対価とする株式交換(交換比率2対1)を行う場合に、B社の株主XがB社に対して100株の株式買取請求権を行使した
という事例をあげて説明します。

 まず、この事例において、会社法では、どのような権利関係になるかを概観すると
<株式交換の効力発生日前>
 XがB社株100株を保有
<株式交換の効力発生日>
 ① XのB社株100がB社に移転
 ② B社が取得したB社株100は、株式交換によりA社に移転
 ③ B社にA社株50が割り当てられる。
ということになります。

 これに対し、振替口座簿の記録は            
<株式交換の効力発生日前>
 Xの口座にB社株100株記録されている
<株式交換の効力発生日>
 Xの口座のB社株100が抹消され、A社株50が記録される
   (B社株は、振替株式ではなくなるので、どこにも記録されない)
 B社の口座には何も記録されない
ということになります。

 このように会社法が予定している法律効果と振替口座簿の記録が対応していないので、
  会社法の法律効果のとおりに、振替口座簿の記録を合わせる処理を行うのか
    振替法が優先されて、振替口座簿のどおりの法律効果が生じるのか
ということが問題となります。

 特に問題になるのは、会社法の法的効果の①の部分、すなわち
  株式交換の効力発生日に、Xの保有するB社株式100株は、B社に移転するのか
というところです。

 というのも、振替法140条は
  振替株式の譲渡は、振替により、譲受人の口座に増加記録がされなければ効力が生じない
というルールを採用しているので
  XからB社へ振替が行われていないので、株式の譲渡の効力が生じないのではないか
とも考えられるからです。

 これを法的に表現すれば
  振替法140条は、会社法786条5項の特則か?
ということになります。

 株式買取請求権は、株主と会社との間で売買契約を成立させる権利です。したがって、株式買取請求権の行使による株式の移転は、基本的には、売買契約による株式の譲渡と捉えるのが素直でしょう。

 とすれば、振替法140条は、「振替株式の譲渡」についての特則なので、振替がない以上、株式の移転の効力は発生しないと考える見解もあります。

 ただ、このような解釈を採った場合

   Xが、株式交換の効力発生日の前日までに、B社に対して買取対象株式の振替をしていなければ、効力発生日の株主は、Xのまま

となり、XにA社株式が割り当てられてしまいます。

 他方、B社は、効力発生日までにB社株式を取得することができなかったので、A社株式の割当を受けることはできません。
 また、Xが行使した株式買取請求権については、Xが株式交換によりB社株式を失った以上、B社に対しB社株式を交付することはできなくなり、Xの義務の履行不能となります。そして、B社のXに対する代金支払い債務も、危険負担の債務者主義により、消滅します。
 つまり、
   Xの株式買取請求権は、効力を失う
ことになります。

 このように振替法140条を会社法786条5項の特則と捉えれば
  XがB社に対して株式買取請求権を行使する場合には、効力発生日の前日までに、買取対象株式をB社の口座に対し振替を完了させること
が法律上要請されることになるわけですが、
  振替の申請から振替の完了まで4営業日程度が必要なので、株式買取請求権が、株式交換の効力発生日の直前に行使されると、効力発生日までに振替が完了しない
という問題は解決することができません。

 そのため、本来、会社法上、株式買取請求権が行使可能であるにもかかわらず、事実上、これを行使することができない場合が生ずることを認めていいのか、という批判を受けることになるでしょう。

 それでは、このような不都合を避けるために
  振替法140条は、会社法786条5項には適用されない
という考え方はできないでしょうか?

 振替法140条は、「譲渡」に関する規定ですから、たとえば、株式交換による完全子会社株主から完全親会社への株式の移転のように「譲渡」以外の移転には適用されません。

 そして、会社法786条5項は、
  株式交換の効力発生日において、株式買取請求権の効力が発生しなければ、完全子会社が自己株式を取得することができなくなる
という問題を回避するために、本来、双務契約においては認められるべき代金支払義務と株式移転義務の同時履行を認めず、
  法律上、強制的に完全子会社への株式移転を認める規定
であり、同項による株式移転は、当事者の契約に基づく「譲渡」には該当しないものとも考えられます。

とすれば、会社法786条5項の株式移転については、振替法140条は適用されず、
  説例のXからB社への株式移転は、株式交換の効力発生日に効力を生ずる
ことになります。

 そして、B社がB社株式を取得することができれば
 ② B社が取得したB社株100は、株式交換によりA社に移転
 ③ B社にA社株50が割り当てられる。
という会社法の予定している法律効果が生ずるので、株券の電子化前の取り扱いとほぼ同様の取り扱いが可能になります。。

 もっとも、振替口座簿では、B社の有するA社株50株が、Xの口座に記録されているので、B社は、Xに対し、A社株50について、B社の口座を振替先口座とする振替の申請を求めることになるでしょう(不当利得返還請求権)。

 この際、Xは、B社による代金の支払いと、A社株50の振替の申請の同時履行の抗弁を主張することができるか、という点は難しい問題ですが、本来、代金の支払いと同時履行の関係にあったB社株の代替物としてA社株が記録されたことを考えると、同時履行を認める方が公平であるように思います(条文上の根拠がないので、これを否定するという見解もありうるでしょう)。

 以上のようにB社の株主Xについては
    1 株式交換の効力発生日前に振替が完了しなければ、株式買取請求権の効力が失われるという解釈
    2 株式交換の効力発生日に株式買取請求権の効力が発生し、完全子会社であるB社はXに対してA社株の振替の申請を求めることができる
という二つの考え方がありえますが、個人的には、2の方がマイルドで会社法と整合するので気に入っています。

 実務では、まだ固まりきっていないようにも思うので、今後の実務の進展が楽しみなところです。

(質問コーナー)
Q1
お聞きしたいのは、先生は、
①どのような基準で参照すべき文献を検索されるのでしょうか。
②また、どのような基準で、文献の取捨選択を行うのでしょうか。
③さらに選択した文献はどのように管理してますでしょうか。
 (ワープロでまとめる作業などはなさいますか)
膨大な量の情報がある場合の上記基準などについて、先生の術法を教えていただければと思います。
投稿: やまだ | 2009年7月 2日 (木) 13時27分
A1
 ① 検索の仕方は、問題によって様々ですが、最近は、判例、文献検索のデータベースが充実してきているので、まず、データベースで検索します。そして、原典をあたって、参考文献として掲げられているものをさらに調べるという感じが多いのではないでしょうか。
② 取捨選択は簡単です。最高裁判例は尊重する。地裁判例はあまり尊重しない。文献は、論理的に正しいと思うものは尊重する。非論理的なもの、商法改正や会社法で上書きされたものは、尊重しない。
③ 文献の管理は、データベースの結果は、1つのファイルに貼り付けます。文献は、重要部分のみ、PDF化してそのファイルに貼り付けるか、同じフォルダに保存します。

Q2
都内私大ローのW大、K大、C大、以上3校のうち、H22年4月入学者から、W大が定員を1割削減することを公式にプレスリリースしたようです。また、K大も「定員削減を検討中」とのことです。

そんななか、ひとりC大だけが「定員削減は予定していない」と文科省のご意向に頑なに逆らい続けています。
C大にはやはり、相応の報復措置が下されるのでしょうか。
投稿: 佐々木歓一 | 2009年7月 5日 (日) 02時53分
A2
 私は、文科省の役人ではないので、分かりません。
 行政指導に対して、「報復」したら行政法上問題ですが。

Q3
Q5に対する回答で、「女」と書かれていますが、女性から見たら不愉快です。
常識のある人なら「女性」と書くべきではないでしょうか。
大変ガッカリしました。
投稿: ひと | 2009年7月 5日 (日) 14時36分
こんばんは。いつもは読むだけですが、他の方のコメントでどうしても気になった
ので、一言書き込みます。
>女性から見たら不愉快です。
あなたとあなたの周りにいる女性だけが「女性一般」ではないでしょう。
>常識のある人なら「女性」と書くべきではないでしょうか。
どのような「常識」でしょうか。私が不勉強で知らないだけかもしれませんが、
「女」という言葉がそれほど避けなければならない言葉だとは思いませんが。
>大変ガッカリしました。
がっかりされるのは自由ですが、ブログ主に何を期待されておられますか。
投稿: John | 2009年7月 9日 (木) 00時14分
「女性」「女」論争はよく耳にするので、是非葉玉先生の御意見を御聞きしたいと思います。
私の意見としては、「女」と呼ばれることを不愉快と感じる女性は、男性のことを「男」と呼ぶことは果たしてないのでしょうか。一般的に、「男」という表現は差別的な表現とはされていないように思われます。男性については「男」という表現も一般的に使用されるにもかかわらず、女性は「女」と表現するべきではないというのは、一歩間違えると逆差別にもつながりかねませんし、また、そのように感じる女性は意識し過ぎ(あえて強い表現を使えば、男性以上の特別扱いを求めている)と言えるかもしれません。Lady Firstが当然のエチケットとされているアメリカでも、そのような特別扱いを逆に不愉快と感じる女性が増えているとよく聞きます。体力差もありますし、子育ての問題等もありますから、当然のことならが何でもかんでも男性と女性は同じように扱われるべきだとは思いません。もっとも、上記のような呼称についてまで拘られるというのは、少々行き過ぎではないかというのが私の意見です。

投稿: 男 | 2009年7月13日 (月) 09時17分

A3
 不愉快になったとすれば、すみません。
 でも、私の日本語の感覚では
   恋するのも、別れるのも、男と女
と思っています。
 「男と女」という映画がありましたが、「男性と女性」というタイトルではピンときません。
 男性と女性というのは、統計や論文の中で、性のカテゴリーや一般的な名称として使うのには適していますが、恋愛という情念の世界では、「男」「女」じゃないと、気持ちがこもりません。

Q4
株主名簿閲覧請求と、計算書類閲覧請求の拒否事由は同じですが、これは両者パラレルに考えていいということでしょうか。
会社にとって不利益の程度が株主名簿閲覧請求されるほうが高いとの思えるのですが、株主にとっては株主名簿閲覧請求のほうが不利益が高いとも思えるのですが、どのようにかんがえればいいでしょうか?
投稿: ほいほほい7 | 2009年7月 5日 (日) 16時15分
A4
なんとも答えにくいですが、過去の記事を参照してください。

Q5
完全親会社(A)とその完全子会社(B)があるとします。Bがその事業の一部(X事業)をAに会社分割の方法により移転し、Aはそれに対して分割対価を交付しなかったとします。他方で、BはX事業の他にY事業を営んでいて、Y事業については今後も営むことを予定しています。この場合、BはY事業の債権者との関係で債権者異議手続を履践する必要があるでしょうか?わざわざA株式の還流(AからBへ、そしてBからAへ)を行うのも面倒ということで対価を交付しない扱いとしているという意味では実質面では分類としては昔の人的分割(税務的には分割型分割(国税庁も一定の要件のもとにこのように理解していますね。))ですが、会社法の規定で債権者異議手続が必要とされているのは、吸収分割株式会社が効力発生日に全部取得条項付種類株式の取得又は剰余金の配当をすることについて吸収分割契約において定めている場合とされており(会社法第789条第1項第2号括弧書)、本件では、全部取得条項付種類株式の取得又は剰余金の配当はないことから、法解釈上は、債権者異議手続は不要と解さざるを得ないように思いますがいかがでしょうか。
投稿: 会社分割大好きおじちゃん | 2009年7月 6日 (月) 15時05分
A5
分割会社の承継対象となっていない債権者は、債権者保護手続きは不要です。

Q6
たとえば、株券発行会社で、譲渡制限株式を譲渡して、未だ株式の名義書換え未了の場合に、株主総会が開催された場合に、譲渡人に招集通知がなされなかったため、譲渡人が株主総会決議取り消しの訴えを提起し、会社としては、譲渡人の株主の地位を争っているという事例を考えた場合、招集通知もれという取消事由該当性の話の前提として、譲渡人は会社に株主であることを対抗しうるかということを論じることになると思います。

譲渡人が株主の地位にあるかどうかというのは、訴訟要件である「株主」(会831①)に該当するのかという、原告適格のところで論じるべき問題なのか、それとも、本案の取消事由の有無のところで論じるのか、どちらなのかがわかりません。
株主名簿上はいまだ譲渡人名義なので、形式的には「株主」に当たるとして、本案で実質的に判断するのか、それとも、原告適格の問題のところで、実質的に株主と言えるか、判断するのか…わかりません。
投稿: ロー3年生 | 2009年7月 8日 (水) 21時00分
A6
会社法100問を読んでください。
旧司法試験の過去問に載っています。

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2009年7月 1日 (水)

略式株式交換と株式買取請求権

6月29日号の日経ビジネスの「ビジネス弁護士ランキング2009」で
   総合部門 第2位
   M&A・企業再編・買収防衛策部門 第4位
に評価していただきました。
 投票していただいた方には、心より感謝します。
 特に顧問や個別案件についても評価していただいていたことは、心底うれしかったです。
 これからも、目の前の案件の解決に全力を尽くしますので、よろしくお願い申し上げます。

 さて、先週、先々週は、株主総会で忙しかったんですが、その間を縫って、5件も裁判があり、私は、毎日のように総会会場であるホテルと東京地方裁判所を渡り歩いていました。

皆様もご想像のとおり、私は、会社法関係の訴訟が多く、訴訟ならではの面白い論点もあるので、このブログでも時期を見ながらご紹介したいと思います。

ただ、訴訟係属中の事件は書きづらいので、本日は、すでに終了している
  略式株式交換における株式買取請求権行使者の株式価格の決定申立事件
についてお話をしたいと思います。

事案の概要は次のとおりです。

1 S社は、上場企業であるD社の株式の90%以上をTOBで取得した後、完全子会社化するため、S社とD社は、株式交換契約を締結した。
2 この株式交換において、D社は、基準日を定めて臨時株主総会を開催し、当該総会で株式交換が承認された。
3 X社は、当該総会の基準日後に株式を取得し、D社に対して株式買取請求権を行使したが、D社は、「基準日後の株式取得者は、株式買取請求権を行使することができない」として買取を拒否した。

以上の事案において、私は、株主のX社側の代理人として対応いたしました。
本来、私は、発行会社側の代理人になることが多いのですが、この問題は会社法の解釈上、大変興味深いので、X社のご依頼をお受けすることにしました。

この事案のように発行会社が株式買取請求権の存在を否定した場合、株主としては、代金の支払いを求めたいところですが、代金が決定しないことには、代金支払請求訴訟を提起することはできません。

そこで、こういうときには、発行会社と株主との間で協議がまとまらないという理由で、価格決定の申立(非訟事件)を行うのが一番適切な解決法だと思います。

価格決定の申立は、株式買取請求権の行使が有効であることを前提とした申立ですから、本事案では、発行会社は、その申立てに対し
「株式買取請求権は存在しないから、申立は不適法却下すべきである」
と主張しました。

 つまり、株式買取請求権があるのかないのかは、
   申立が適法とされ価格決定のプロセスに入るのか
   申立が不適法却下されるのか
というレベルで判断されることになるわけです。

この申立ての争点に入る前に、株式交換において完全子会社となる会社側の株式買取請求権について、前提知識の確認をしておきまししょう。

完全子会社となる会社側の株式買取請求権は、785条に規定されており
(1) 株主総会の決議を要する場合(2項1号)
イ 当該総会で議決権を行使できる株主は、反対の通知をし、実際に反対した者だけが株式買取請求権を行使できる(1号イ)。
ロ 議決権を行使することができない株主は、全員株式買取請求権を行使することができる(1号ロ)
(2) 株主総会の決議を要しない場合(2項2号)
 すべての株主(効力発生日の前日までに株式を取得した株主)が株式買取請求権を行使することができる
ということになっています。

たとえば、通常の株式交換は、「株主総会の決議を要する場合」なので、1号が適用され、普通株式しか発行していない会社であれば、1号イが適用されることになります。
 1号ロは、議決権制限株式の株主のことをいい、株主総会の「基準日後に株式を取得した株主」は議決権を行使することはできませんが、1号ロの適用はなく、株式買取請求権を行使することができないとするのが通説です(争いはありますが、実務では、この考え方で確立しています)。

こうした解釈を前提に、この事案では、
  略式合併の要件を満たしているため、本来、2号に該当して株式買取請求権を行使することができた株主が、会社が「任意の株主総会」を開催することにより、1号が適用されることとな、「基準日後に株式を取得した株主」として買取請求権を行使することができなくなってしまうのか?
ということが問題になりました。

実は、略式株式交換ではなく
  簡易組織再編
においては、「任意の株主総会」を開催し、その株主総会の基準日後に株式を取得した株主については、株式買取請求権の行使を認めないという有力な見解があります(武井一浩先生と郡谷大輔先生が論文を書かれています)。

私も、簡易組織再編については、
  組織再編契約の締結の時点では、効力発生日において簡易要件を充たすのか、充たさないのか、不明の場合があるため、株主総会の決議をスケジュールに組み込む必要がある
という理由から、任意の株主総会を開催すべき場合があることは認識しています。

 ただ、任意の株主総会を開催したとしても、基準日後に株式を取得した株主の株式買取請求権を制限することができるかどうかは、別問題です。

 理論的には、任意の株主総会を開催しても、簡易要件を満たした場合には、基準日後株主にも買取請求を肯定するという見解はありうるでしょうし、少なくとも、会社が、買取請求を封ずるために、株主総会を開催したような場合には,株主の保護のために、買取請求を認めるべきであるという見解もありうるでしょう。

 私は、簡易組織再編については、任意の株主総会を開催しても、必ずしも承認されるとは限らない状況であれば、組織再編の当否を問う株主総会を開催することは合理的であり、場合によっては、基準日後株主の買取請求を制限するという解釈もありうるのではないかと思いますが、常に制限することができるというのは、行き過ぎであるようにも思えます。
 少なくとも、簡易要件を定款で変更し、当該組織再編が、簡易要件に該当しないという形式を整えた上で、基準日後株主の買取請求権を行使する方が安全でしょう。

他方、略式株式交換については、任意の株主総会を開催することにより、基準日後株主の買取請求権を制限することには、かなりの違和感を感じざるを得ません。

 簡易組織再編と略式組織再編は、株主総会の決議を要しない場合として、同じ条文に規定されているので、なんとなく同じようなものと捉えがちですが、

 簡易組織再編は、当該組織再編が会社に与える影響が軽微であることから、総会を省略したもの(株主構成によっては、総会を開催しても、承認されるかどうか分からない)であるのに対し
 略式組織再編は、組織再編の相手方が90%以上を保有する株主であり、承認されるのが確実であることから、総会を省略したものである

という大きな違いがあります。

 そもそも、略式要件を満たした状態で、なぜ「任意の株主総会」を開催するのでしょうか?
 開催しても、承認されることは確実であり、簡易要件を満たす場合の任意の株主総会のように「株主の意思を確認する」という合理性はありません。

 結局、当該総会は、基準日後株主の株式買取請求権の行使を制限する目的で開催されたものと考えるのが素直であり、私は、会社法上の株主保護制度を、合理性のない総会を開催するだけで、無力化するのはおかしいと主張しました(相手方は、「新株予約権の償却のために株主総会を開催する必要があった」のだから、785条1項1号が適用されると主張しましたが、私は、「本来、償却できない新株予約権を償却するために任意の株主総会を開催することは、新株予約権者の利益を害するものであり、合理性がない」と反論しました)。

785条1項1号の文言を見ても、株主総会の決議を「要する場合」と規定されており、株主総会の決議を得た場合というような表現にはなっていません。
 略式要件(784条1項)を充たせば、783条の適用が除外され、株主総会の決議を「要しない」ことは明らかであり、このように「要しない場合」に任意に株主総会を開催したとしても、「要する場合」に変化することはないと思うのです。

実際の裁判では、もう少し、肌理の細かい議論をして学術的にも大変興味深い論争をしたのですが(相手方の代理人にも、有名な会社法学者が名を連ねていらっしゃったので、炉論争というのにふさわしい議論でした)、最終的には、裁判所(当初は単独でしたが、後に合議になりました)は
  株式買取請求権を認めざるを得ないので、価格についての主張をしてください
という指揮をされ、
  略式株式交換では、任意に株主総会の決議を得ても、基準日後株主の株式買取請求権を制限することはできない
という結論になりました。

 私は、自説が採用されて、とりあえず何らかの勝ちは得られると思ったのですが、その後、価格についての協議が長引きそうだったため、申立ての取り下げることとなり、結局、裁判という形で、裁判所の判断が示されることはありませんでした。

 最近は、株式買取請求権を行使する株主が増え、その点を巡る紛争が頻発しているので、個人的には、地裁の決定を見たかったものの、クライアントの意向が最優先なので、特に残念という気持ちはありません。

ただ、この案件で交わされた議論や裁判所の判断は、実務に役に立つと思いましたので、このブログで簡単にご紹介しました。そのうち、商事法務かどこかで論文を書いてみようかなと思っています。

 なお、登記手続では、簡易要件・略式要件を備えていても、任意の株主総会を開催して、議事録を添付すれば、組織再編の登記をすることはできます。その意味で「任意の株主総会」が認められるかどうか、という話と、その株主総会の開催で基準日後株主の株式買取請求権を制限できるか、という話は区別して理解していただければ幸いです。

(質問コーナー)
Q1
連結対象の会社がないのなら、いらないのでは。
投稿: | 2009年6月16日 (火) 00時46分
A1
適用除外規定がないので、義務がないとはいいづらいというところです。
義務があるけれども、連結対象がないのだから、単体と同じと考えるのが落ち着きどころでしょうか。

Q2
委員会設置会社において、内部統制(ガバナンス)の不備により当社において様々な不祥事が起きたとします。
 株主がその不祥事の責任を追求し解任を求める場合、取締役兼代表執行役(社長)の責任としてその社長のみを解任するか、416条1号1項・2項の取締役会の任務懈怠として取締役全員を解任するか、または監査委員の任務懈怠を重視し解任するか、どれが最も理論的でしょうか。
投稿: kuma | 2009年6月16日 (火) 02時50分
A2
論理の問題ではないですね。

Q3
> という法律家ならすぐに気づく大きな穴があるのですが・・。
二人が本当に隠したかったのは、最初の殺人そのものではなく、
雪穂が売春させられていたことです。
たとえ、少年法で守られているとはいっても、雪穂が売春させられていた事実を
他の誰にも知られたくないという気持ちが 2人には強かったのです。
投稿: 白夜行ファン | 2009年6月16日 (火) 07時26分
白夜行」は、原作も(のほうが)面白いですよ。
投稿: EQⅡ | 2009年6月16日 (火) 12時37分
白夜行は原作とドラマで描かれ方が全く違うので、是非原作を読んでいただきたいと思いました。
投稿: | 2009年6月17日 (水) 18時43分
A3
小説は、ドラマよりも知的・理系的、本格的な推理小説で、これも傑作です。余韻が多く、解釈の余地が大きいところが傑作たるゆえんでしょう。ただ、このまま連続ドラマにするのでは、視聴者がついてこれないから、ネタばらししながら、心の動きを演出をする必要があったのでしょう。
二人が何を隠したかったかについては、ドラマでは、時効に焦点があたっていましたから、殺人事件という方が強いのかと私は感じました。小説では、時効の要素はほとんどないし、雪穂は自分が売春させられた事実を義理の娘にほのめかしているし、よりミステリアスです。小説の雪穂の方がずっと強く、ミステリアスで、スカーレット的です。

Q4
会社の解散手続きについて質問なのですが、
清算人が弁済等の手続きを経て、残余財産の確定をする際に
実務上、財産目録等を作成しますが、この財産目録等に関しては
会社法492条3項の株主総会の承認決議は不要なのでしょうか。

法務省の方に電話で問い合わせをしたところ、株主総会の決議は必要だと言われました。法律上、作成が求められていない財産目録等に対して492条3項の決議が必要なのか疑問ですし、実務上は、清算人の決定もしくは清算人会の決議で残余財産を確定してしまい、株主に分配する処理をするところがほとんどだと聞きます。いったい、どちらが正しいのでしょうか。
投稿: おおい | 2009年6月16日 (火) 23時58分
A4
492条3項の財産目録以外に実務上作成される残余財産の確定の際の財産目録は、株主総会の承認の対象ではありません。

Q5
ろくにデートもせずに勉強ばかりしていてたら、彼女にフラれました。
僕は間違っていたんでしょうか。
(家族法に、妻のいいつけは守らなければならない。彼女には精一杯サービスしなければならない。と、ちゃんと書いてあれば、法令遵守したんですが…)
投稿: ニャア | 2009年6月17日 (水) 19時09分
A5
女にフラれることが、自らの間違いの証明であるならば、私は、数え切れないくらい間違いを起こしてきたことになります。

Q6
会社法360条について質問させてください。

先生は、「会社法の実務」の講義の中で、360条の法令違反には、善管注意義務は含まれないのが通説であるとおっしゃっていましたが、どの文献を見ても、善管注意義務が含まれると記載されています。

先生のお考えは、講義レジメに記載されているだけで、千問、百問、115講座を見ても書かれていないのですが、何か他の論文に書かれていますか?

今年の新司法試験の問題で類似の論点が出題されましたが、法令違反に善管注意義務違反は含まれないと論述したのは周りで私だけで不安を感じています。できましたら、右法令違反の解釈についてご教授していただけると助かります。
投稿: | 2009年6月18日 (木) 01時25分
A6
「通説」というのは言い過ぎでしたが、経営判断原則の問題となる狭義の善管注意義務については、監査役・株主の経営判断と取締役の経営判断が異なる場合に、事前の差し止めまで認めてよいか、という問題意識で、これを否定する見解はあります(百選にも少数説として紹介されています)。
 狭義の善管注意義務違反も差し止めの対象となる「法令違反」であるという見解が現在は一般的なようですが、取締役が行為を行う前に、株主が、当該行為を経営判断原則の適用のない著しく不合理な行為と立証するのは困難であり、実際には、否定説と肯定説は紙一重だと思います。

Q7
もし、定款変更が株主総会で決議された後に、明らかな誤植が見つかった場合、やはりこの誤植は、のちの株主総会で定款変更議案として決議しなければ修正できないのでしょうか?
投稿: mina | 2009年6月18日 (木) 22時33分
A7
考え方にもよりますが、私は、誤植は、総会の決議無く、修正できると考えます。

Q8
>outputが足りません。それと、穴埋めについての解き方のノウハウが足りないのでしょう。
過去問は1度解答したものですが、既出の問題を時間はかって解くの有益ですか?
あと、穴埋めのノウハウについてどこでならえばよいしょうか?
先生が講師をされていたとき択一の指導をどのようにされていました?
投稿: 受験生 | 2009年6月19日 (金) 21時02分
A8
過去問は、間違いをしなくなるまで、何回も解きます。
穴埋めのノウハウは、予備校で聞いたり、自分で試行錯誤して身につけます。

Q9
 A22のご教授ありがとうございました。
 実はこの案件は家族経営の中小企業で,発行済み株式の9割を保有していた社長が死亡して,会社を継いだ長男が社長となったが,共同相続人が相続について争っているので,この株式も遺産分割ができていないという事例です(他の相続人は長男を共有株式の代表者とすることに同意しません)。
 そこで,定時総会の時期となったので,被相続人名義の株式はどう扱えばいいですかという相談がきました。被相続人名義の株式に係る議決権が株主総会の定足数算定の基礎に入ると考えると,そもそも株主総会が成立しないし,長男が保有する残り1割の株式に係る議決権のみで株主総会決議ができるとすると,1割の議決権だけで本当にいいのだろうかという疑問が湧きます。先生は実務上は工夫しているので問題にならないとおっしゃっていましたが,具体的にはこういう場合も何か方策があるでしょうか。
 上記の補足です。会社の方から議決権行使を同意すればいいのではとも考えたのですが,こういう事例で社長という地位を利用して自分自身の権利行使を認めることは公正さに欠けますし,長男も,他の相続人から会社にどういう責任追及がされるかわからないので,できればそれはしたくないと考えています。
投稿: ポケット | 2009年6月20日 (土) 10時43分
A9
 具体的な案件は、オウンリスクで解決をお願いします。

Q10
農地も現物出資できるのですか??
加えて、会社法に禁止する条文、文言がないので、
どんな不動産でも現物出資可能となるのでしょうか??
投稿: 大志 | 2009年6月20日 (土) 16時58分
A10
株式会社でも農業ができる場合もあるので、農地も現物出資できる場合はあるでしょう。ただし,一般的には、農地を株式会社に移転することはできないので、現物出資は困難であると思います。

Q11
社債の総額を当該種類の各社債の金額の最低限で除して得た数が50を下回る場合って、要はどういう意味でしょうか。
投稿: 簡単かもしれませんがご質問 | 2009年6月21日 (日) 01時35分
A11
15億円の社債券、5億円の社債券、5000万円の社債券が発行されたら、20億5000万円を5000万円で割ります。すると、答えは41ですから、50を下回っています。そういう意味です。

Q12
葉玉先生は学生時代に麻雀をかなりやっていたそうですが、
世間で黙認されている程度のレートのかけ麻雀は違法でしょうか?

同窓会とかで麻雀をすることになっても
最高で1、2万円くらいしか動かないレートであっても
お金を賭けることは拒否すべきでしょうか?
投稿: F | 2009年6月22日 (月) 21時42分
A12
お金をかけることは、賭博罪の例外には該当しないので、レートがどういうものであれ、基本的には賭博罪の構成要件に該当します。
ただ、同窓会で点ピンでやるくらいの麻雀を摘発する警察はいないと思います。

Q14
先生はお若い頃からハードワーカーでいらっしゃるとお見うけしますが、こだわりの健康法はありますか?
投稿: 山道 | 2009年6月22日 (月) 22時04分
A14
健康法をやっていないので、不健康です。

Q15
はじめまして。
先生のこのブログで会社法を勉強させていただきたく
コメントを書かせていただきました。
またよろしければ、私のブログとリンクを
貼らせていただければと思います。
投稿: 総務コンサルタント | 2009年6月23日 (火) 21時53分
A15
どうぞ、ご自由にリンクして宇田債。

Q16
24歳で、今年の2月から本格的に法律を勉強し始めた初心者です。
民法はとても興味深く楽しく勉強出来ているのでスイスイ進むのですが、会社法になるとと興味はあるものの、どうしても出て来るの言葉や、実際の生活からはかけ離れた内容のため分かり難いイメージを持ってしまいます。
慣れるしかないと言われればそれまでですが、何か良い方法はないものでしょうか?
投稿: まるこめ | 2009年6月25日 (木) 08時37分
A16
良い先生に話を聞くことがもっとも早道です。
次のコメントも参考にしてください。
 まるこめさんへ、企業小説を読んで少しでもイメージを持ちやすくするのがよいのではないでしょうか。私(47期)が受験生だった頃は、無味乾燥な鈴木会社法しか基本書がなく、それこそ予備校の手助けがなければ会社法の本を読むことすら地獄でした。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。かろうじて企業小説を読んだものの、清水一行と城山三郎しか著者がいず、これまた砂を噛むような思いをしたものです。
 今は、高杉良・牛島信・真山仁・・・むしろ枚挙に暇がありません。肝心なのはあくまで企業小説は会社法学習のスパイス、切欠に過ぎないと割り切ること。企業小説を読むことが楽しくなりすぎてしまえば、タダの読書家になってしまい、受験生ではなくなってしまいます。そういうバランス感覚も大事でしょうね
投稿: ろぼっと軽ジK | 2009年6月25日 (木) 17時31分

Q17
ご無沙汰しております。A12ですが、
>①462条は、債権者保護のための責任だからです。462における株主は、平等に配当をもらった立場であり、責任を追及する立場ではありません
850条4項の文言からすれば、462条の取締役の対会社責任は代表訴訟で追及可能であることが前提であるように思われますが、いかがでしょうか。
なお、462条に該当しない場合(たとえば監査役等)には、違法配当により役員等が423条により対会社責任を負うことはないのではないかと考えており、この点では葉玉先生のA12は正しいのではないかと考えております(という趣旨をブログで書いたところ、同業者からは批判されましたが(笑))。
投稿: 大杉謙一 | 2009年6月26日 (金) 09時33分
A17
株主は、取締役に対して、代表訴訟で、462条の責任を追求することは可能です。
株主vs株主と異なり、取締役は、善管注意義務を負っているので、取締役が会社に与えた損害を追求することを禁止する必要はないということでしょう。
特に善意の少数株主であれば、代表訴訟を起こす意味は大きいと思います。
逆に悪意の大株主だと、代表訴訟を起こすのは、訴権の濫用になるでしょう。

私は、462条は、423条の特則(損害額のみなし規定)と考えており、462条に該当しない者も423条を根拠に責任を負う場合はありうると思います。実際には、違法配当の前提として、粉飾決算が行われることがほとんどなので、あまり実益はない議論かもしれませんが。

Q18
新司法試験の受験生です。
このところ、法科大学院生を中心に、新司法試験に関する署名活動が行なわれています。
内容は、
1 新司法試験合格者数の目安維持、
2 司法修習の給費の継続
を法務大臣と最高裁に嘆願するものです。
http://syomei.seesaa.net/

私は、法科大学院を通じた法曹養成制度の立て直しにとって、上記の施策がベストかどうかはともかく、少なくともプラスに働くだろうと考え、署名活動に賛同しています。上記の施策は制度の信用を回復ないし維持させる方向にあるからです。
先生はどのように思われますか?
投稿: おおや | 2009年6月26日 (金) 16時42分
A18
私は、法科大学院を通じた法曹養成制度の立て直しには、法科大学院のカリキュラムをより実践的なものにし、学生のトレーニングを重視する方式に変更することが重要だと思います。「受験勉強」的かどうかなどを気にしながら、学生を教育しなければならないのは、ナンセンスです。

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