MBOと株式価格決定
同じビルに入居しているリーマンブラザースの件で、私も周りの弁護士も様々なご質問をいただいております。アメリカと日本の倒産手続が同時に進み、金融庁が資産の国内保有命令を出すなど、法律的にはいろいろ面白いのですが、ちょっとホットすぎて、ブログで書けません。
そこで、レックスホールディングの価格決定の申し立て事件の東京高裁決定について、少し検討します。
この価格決定の申し立てという制度は、全部取得条項付種類株式の取得が行われた場合に、株主は、株主総会で定められた対価を受け取ることができるのですが、jその価格に納得がいかない場合に、裁判所にその対価の価格を決めてもらう制度です。
非訟事件で、法律的には、「公正な価格」で決めろといっているだけですから、結局、裁判所が、気合いで、価格を決めることになります。
もちろん、気合いとはいうものの、裁判所としては、なんらかの理屈で価格を決定しないと格好がつかないので、今回の東京高裁決定も、いろいろな検討を加えています。
詳細に検討すればいろいろな論点がありますが、
1 非上場化した後に株式を取得した場合に、「市場価格」をベースに決定できるか
2 会社の公表により株価が下落した場合に、公表【前】の株価を算定の基礎にできるか
3 公表【後】の株価を算定の基礎にできるか
4 TOB公表後の株価を算定の基礎にできるか
5 何ヶ月の平均株価をとるか
6 強制取得されることによって株主が失う利益(将来の株価の値上がりの期待の利益)を「公正な価格」に織り込むか。
というあたりが主たる争点でしょう。
この点、東京高裁決定を、おおざっぱにまとめると、次のとおりです。
1 非上場化した後に株式を取得した場合でも「市場価格」をベースに決定できる。
【コメント】
MBO後、数年たっていれば、別でしょうが、一連のプロセスでの価格決定の申し立てなので、市場価格ベースはやむをえないところでしょう。
東京高裁は、レックス側が純資産価額方式、類似業種比準方式等を併用して算定している株価は採用できないものとしています。このあたりは、カネボウのときの記事を参考にしてください。
http://kaishahou.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_1797.html
継続企業で、つい直前まで上場会社だった会社に、純資産価額方式はさすがに難しいでしょう。
類似業種は、比較すべき上場会社が適切であれば、採用する余地があるのでしょうが、市場価格との乖離が大きすぎて、裁判所に対する説得力を持たなかったようです。
DCFは、レックス側が政策的に使わなかったような感じですね(邪推です)。
2&3 業績の下方修正などの公表により株価が下落した場合に、公表【前】の株価も、公表【後】の株価も、ともに算定の基礎にできる。
【コメント】
ここのところが最大のポイントです。東京高裁は、レックスの公表について、結構、微妙な判断をしています。
つまり、
① 株価を下げる目的で公表したものではなかった(レックスに有利)
② 下方修正の原因は、資産の評価替え等が主であって、実質的な企業価値の毀損が生じたものではない(株主に有利)
③ それにもかかわらず、こういう公表の仕方をしたら、実態以上に市場は悲観的な対応を取る可能性が高いから、適切な公表の仕方とはいいがたい(株主に有利)
④ とはいえ、公表内容そのものは、実態を表したもので、虚偽ではない(レックスに有利)
という感じなのです。
それで、結局、
公表によって、市場価格は下落したが、実態として、企業価値の毀損があったわえけではないので、「公表前」の価格も算定の基礎にする。
逆に、結果的に公表内容は真実なのであるし、ある程度の期間をとれば、公表後におきた過剰対応下落分についても平準化されるので、公表後の株価も算定の基礎にする
という結論に落ち着きました。
このことを応用すると
下方修正が、大事故で企業の資産が著しく毀損したというような企業価値の毀損を原因とするものであれば、それ以前の株価は算定の基礎にしない
公表内容が虚偽だったら、公表後の株価は算定の基礎にしない
というルールも導けそうですが、そこらへんは、結局、裁判官の「気合」の入り方次第でしょう。
4 TOB公表後の株価は算定の基礎にできない。
【コメント】
TOB価格に引きずられちゃうから、ということです。
でも、MBOではなく、第三者のTOBだったら、算定の基礎にしてもよいかも。
5 6か月の平均株価をとる
【コメント】
日証協の基準や実例から、6ヶ月というのが一般的ということが理由です。
昔と違い、現在は、4半期報告の時代ですから、3ヶ月のほうが実態にあうようになるかもしれません。
6 強制取得されることによって株主が失う利益(将来の株価の値上がりの期待の利益)を「公正な価格」に織り込む。その分として、他のTOB事例などから、平均株価の20%のプレミアムを乗せる。
【コメント】
ここは、難しいところです。
株価は将来上がるかもしれないし、下がるかもしれない。
株主は、強制取得されることにより、株価の値上がりへの期待を奪われるかわりに、株価の値下がりリスクからは開放されます。
東京高裁も決定文に書いているとおり、こうした将来見込みは、デューデリしたり、事業計画を検証したりしなければ、合理性のある判断はできないと思います。
ただ、東京高裁は、そうした判断をするための資料をレックスが提出しなかったことから、他のTOB事例の平均的なプレミアムである20%を「将来の値上がり期待分」として認めてあげました。
ですから、20%という数字を一人歩きさせ、「6ヶ月平均の20%増しが判例の立場」と一般化するのは、間違いであり、ここの部分はケースバイケースの要素が強いでしょう。
以上、ざっと東京高裁の決定をみた感想まがいの解説でした。
では、また。
(質問コーナー)
Q 1
旧の司法試験を受けているものですが,このブログは大変勉強になります。
①100問
②判例百選・重判
③葉玉ブログ
を会社法学習の三種の神器と言っていいのではないかとさえ思っております。
ところで,このブログのコンセプトからして,会社法学習者(司法試験受験者を含む)からばりばりの実務家まで幅広く想定しておられ,最近の記事は,特に実務家を対象にされているものが多いように思います。
そこで,この辺りで,会社法学習者を対象にした,実務に出るまでにここまでは知っておいて欲しい,という事項を対象にした記事・Q&Aをまとめて書籍化される,というお考えはないのでしょうか?
司法試験受験生には100問が大変人気があると伺っており,同様のコンセプトでブログを書籍化した場合にも,それなりの読者がつくことが予想されます。
ぜひご検討お願いします。
投稿: picaro | 2008年9月11日 (木
A1
ご声援ありがとうございます。
企画はあるのですが、時間がないのが実情です。
会社法100問も在庫がなくなったので、第3版を出せといわれているのですが、やる暇がありません(会社法100問は、増刷予定もないです)。
花より男子を見ている場合ではないようです。
Q2
うちくる見逃してしまいました。放映前に告知して欲しかったです。
再放送無いんでしょうか?
投稿: 会社法漫遊 | 2008年9月12日 (金) 01時0
A2
再放送を見ていただくほどの活躍はしておりませんので・・
Q3
会社法13条に表見支配人、354条に表見代表取締役の規定が有ります。
13条は但し書きで悪意者を除き、354条は本文で善意者に限っています。
これは立証責任を転換したものなのでしょうか?
民法の表見規定に倣えば、民法110条のように本文で書いていれば善意の立証責任は代理人の相手方になり、但し書きなら本人に相手方悪意の立証責任があると記憶しています。
しかし、表見支配人と表見代表取締役の規定にあてはめると、より保護されるべき(私の勝手な価値観ですが・・・)表見代表取締役の相手方が善意を立証すべきことになり、なんだか腑に落ちないのです。
お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願い申し上げます。
投稿: 混迷 | 2008年9月12日 (金) 01時21分
A3
難しいところですね。支配人のほうが権限が狭いですし、支配人は登記事項ではあるものの、支配人の登記はめったにされませんから、名称付与を根拠に厚く保護してあげるほうがいいようにも思います。
Q4
ちょうど話題に出た株懇の株式取扱規程モデルについて質問させてください。モデルの第1条(目的)に「当会社における株主権行使の手続きその他株式に関する取扱いについては・・・」とあります。以前このブログを拝見したとき、「その他」は並列を意味し、「その他の」は例示を意味するというような記事を見ました。「株主権行使の手続き」は「株式に関する取扱い」の例示に当たると思いますので、規定の書きぶりとしては「当会社における株主権行使の手続その他の株式に関する取扱いについて」が適当ではないでしょうか?(どちらでも間違いではないのかもしれませんが、少しばかり気になったもので・・・)
投稿: ここりこ | 2008年9月12日 (金) 07時08分
A4
法制局的に突き詰めると、もっといろいろありますので、お手柔らかにということです。
Q5
無事、今年の新司法試験に合格しました。すごくほっとしています。
勉強法に迷ったとき、先生の教えを参考にして勉強してきました。ありがとうございます。
ご多忙の中恐縮ですが、就職について質問させて下さい。
私は、今のところ検事を第一志望として考えています。
その理由は、検察官の方の講義で、「検事は、被疑者と信頼関係を築くことが重要である」という話に感銘を受けたということ、もう一つは、真実を自分の足で追及していくという姿勢が自分の肌に合っているじゃないか、ということです。
逆に、心配事もあります。
それは、犯人から恨まれることが多いので、気軽に外出できないのではないか、ということです。特に家族に危害が加えられるのではないか、ということが心配です。
先生は、検事の仕事の醍醐味は何だと思われますか?また、逆に、検事であるとこによって、危険を感じたり、不自由を感じたりすることはありましたか?あと、私は気が強いというタイプではないのですが、検察官はやはり質実剛健な方が多いのでしょうか?
投稿: べんじ | 2008年9月13日 (土) 13時35分
A5
検事や家族に危害を加えても、他にいくらでも代わりがいるので、襲われません。
まったく心配いりません。
Q6
葉玉先生、「会社法で遊ぼ。」創設以来、いつも楽しく拝読させて頂いております。
当方、不合格の結果を受け、新司法試験を撤退することに致しました。
司法試験を励み続けること8年、あらゆる努力と我慢をして臨んだ今回の試験、今回こそはきっと合格してるはず、仮に今回の答案が試験委員の心に届かなかったら潔く辞めようと決心して掲示板を見に行きました。
番号は有りませんでした。何度も、何度も確認しても有りませんでした。
雨の降る日比谷公園で8年分、声を出して泣きました。27歳にして初めての悔し涙でした。
潔く撤退しようと思っていてもやはり心の何処かで割り切れない自分がいます。でももう終わり。
2日経った今、長い間支えてくれた家族、友人、恩師、こんな自分を信じてついてきてくれた恋人に心から感謝しています。
そして、直接お会いしたことは有りませんが、blogを通して会社法の世界をご教授して頂けたことを大変ありがたく思っております。
葉玉先生、ありがとうございました!
投稿: 甘酸っぱい27歳 | 2008年9月13日 (土) 15時28分
A6
私は、LECで2年半教えましたが、今の業務に直接役立つことはわずかです。
また、検事で刑事事件を8年くらい一生懸命やりましたが、弁護士の業務に直接役立つことはわずかです。
しかし、それらの仕事を懸命にやったことが、私の「自信」の源であり、今の私の基礎となっています。
あなたが、勉強した8年間は、司法試験合格という形では実を結ばなかったかもしれませんが、その経験を「無駄」にするのか、それとも、あなたが懸命に生きた証として、将来に生かすことができるのかは、これからのあなた次第です。
Q7
今回のQAに
>A10
ローで何をやろうと、新司法試験の選択で何を取ろうと、就職にはあまり関係ないと思います。
と、ありますが現ロースクール教授・大手事務所人事からの非常にありがたい見解と受け取りました。
これは即ち、ローでやる程度の専門分野の修得には何ら期待していないということでしょうか?
ローによっては「就職後」を見据えたカリキュラムを売りにしている所が多々あり、その中には葉玉先生の勤める渉外系も多くみられます。
私もこのような「売り」に反応し、そのような先取りを一つのメリットとして捉えていたのですが上記のようにおっしゃられると入学後の青写真を考え直さざるを得ないような気がしてきました。
具体的には、就活の際にその事務所の専門分野を履修した事をアピールするよりも、GPAをアピールすべきなのでしょうか?
即ち専門分野で高GPAが取るのが一番だとは思いますが、そのような科目で高GPAを取るのが難しいと言われている場合は他の当たり障りの無い、高GPAを狙える科目を履修した方がいいのでしょうか。
よろしくお願いします。
投稿: ロー受験生 | 2008年9月13日 (土) 23時32分
A7
ローで勉強する程度の時間をかけたくらいで、即戦力になると考えるほど楽観的な採用担当者はあまりいないのではないでしょうか。
ただ、関心のあることを勉強するのは、悪いことではありません。
また、GPAをあげることを第一に置くのも、戦術的にはありうるでしょう。
Q8
以前の記事で、「未習者を侮るなかれ」という記事について質問します。
チームを作らせて、チームが一丸となって勉強するように指導する。
というアドバイスがあったのですが、具体的には何人ぐらいのチームが理想とお考えでしょうか。
2人では少ないでしょうか。
ご回答よろしくお願いします。
投稿: 来年絶対受かってやる。 | 2008年9月15日 (月) 12時09分
A8
2人でもいいと思います。
Q9
こんばんは。「黒猫のつぶやき」というブログに、法科大学院と新司法試験について、とても衝撃的なことが書かれておりました。葉玉先生のご意見をお伺いしたく思います。
http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/dfb76f05822a47bba1aca141ad6909b8
投稿: ルミハテ | 2008年9月16日 (火) 01時02分
A9
すいません、どこらへんが衝撃的か、よくわからないです。
ちなみに、私は、東大ローは、ローで入試対策をしていないのに、こんなに合格しているのはすごいという趣旨の発言はおかしいと思います。
東大ローは入学するときは、一番難しいので、合格率が一番であるのが当然なのに、ローは、ロー生の実力を伸ばしきれておらず、ロー生も勉強の方向を間違えているのではないか、と評価するのが正しいのではないでしょうか。
Q10
3連休に法と経済学の専門書を読んでいると、法制作者が考慮しなければならないのは国民一人ひとりの効用(物質的なもの、非物質的なものを含む)だけであり、公正や正義という基準を考えるべきではないとの主張がありました。
具体的には、金持ちだけがある法の施行によって効用が増えるのであっても、その法は施行されるべきだ。 効用の再分配は、法ではなくて税制度で調整するのが妥当である、と。
この筆者(ハーバード法科大学院教授Steven Shavell)の論理に従うと、格差問題も法律で解決するのではなくて、税制で解決するとなるのですが、葉玉先生はどうお考えでしょうか?。 また、法政策を担当していらっしゃった時には、何を基準に法律を作成していたのでしょうか?
投稿: まるまる | 2008年9月16日 (火) 11時57分
A10
その考え方は、非現実的で、誤りに満ちていますね。
法と経済学については、親近感を持つ部分もあるのですが、経済学によって経済政策の目的を達成できないのと同じように、法と経済学で法の目的を達成することはできません。
法は、ニーズと既得権益と信念と妥協の塊ですね。
Q11
現在、会社法のゼミに所属しており、
買収防衛策についての卒論を書こうとしているのですが、
葉玉先生がこういうことを調べてみると面白いんじゃないか??など
興味を持たれているテーマがあれば教えていただけないでしょうか??
難解すぎて理解できないかもしれませんが、お願いします。
投稿: ほいほほい2 | 2008年9月16日 (火) 18時22分
A11
ライツプランを無効化する買収方法なんか面白いのではないでしょうか。
Q12
ぜひぜひ台湾バージョンの「花より男子」ドラマをご覧下さい。
投稿: | 2008年9月16日 (火) 20時22分
A12
また時間がなくなりそうです。
Q13
取締役が他社の取締役になっても、その会社の代表取締役にならない限り競業避止義務にならないと本に書いてあるのですが、経営に参加する以上、競業避止義務になると思うのですが??
投稿: どうしても | 2008年9月17日 (水) 00時48分
A13
禁止されているのは、「取引」なのです。
代表取締役でも、実質的に「取引」をする場合には、規制は及びますが、就任および平取締役の通常の活動なら「取引」にはなりません。詳しくは会社法100問をみてください。
Q14
株式取扱規程についてですが、
今回の株式取扱規程については株主の権利行使手続に深く踏み込んでおり、株主に手続の内容を開示する必要があるとのご指摘がございましたが、
具体的にはどのような「開示」方法により株主へ開示するのがよいのでしょうか。また、その際には手続きの内容を概要として開示すべきなのか、もしくは規程全文を開示すべきなのか、についてもお考えをお聞かせいただければ幸いです。
投稿: 株取担当 | 2008年9月18日 (木) 12時31分
A14
会社の自治にゆだねられますが、私はクライアント様に両方の案を提示しています。
Q15
以前の質問にお答えいただき、ありがとうございました。
会社法の条文解釈で質問です。お忙しい中、よろしくお願いします。
1、423条3項1号の「取締役」とは、356条1項2号の株式会社と取引をした「取締役」又は、同3号の株式会社と利益が相反する(債務を保証されたような)「取締役」でしょうか?
もしそうであれば、後者の「取締役」が、株式会社に損害賠償する責任を負う理由は、保証人の求償権(民法)が会社法(特別法)では損害賠償に転化するから、と理解してよろしいでしょうか?
A15
3号の取締役は、「取引」はしていません。
Q16
2、423条3項2号の「取引をすること決定した取締役」とは、356条1項2号の取引を決定した株式会社側の取締役又は、同3号の取引を決定した株式会社側の取締役でしょうか?
A16
そうです。
3、会社法の条文でよく意味が分からない場合に使える、コンメンタールや択一六法のような条文解説の本で、初級・中級者向けにお勧めのがありましたら、教えていただけたら助かります。
A16
会社法100問の条文索引でも使ったらどうでしょうか
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