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2007年8月25日 (土)

授権枠

世間はお盆休みが終わってようやく活動開始という感じです。
ふと気がつけば10日も更新していないことに気がつきました。

一見、私も、お盆休みを取っていたように見えるかもしれませんが、実際は、ひたすら仕事をしていました(しかも、物書きの仕事でパソコンでずっと文字を打っていました)。
そのため、ブログを書く暇も意欲もなくなり、10日間がまたたく間に過ぎてしまったのです。

 私の愛読している大杉教授のブログやisologueも、夏休みになってしまいましたので、このまま8月を終えたい気分も、かなり強いのですが、長期休暇をして、読者の皆様に愛想をつかされると悲しいので、isologueで取り上げられた「授権枠」について、お話ししたいと思います。
http://www.tez.com/blog/archives/000969.html

 授権枠というのは、慣用的に使われている言葉で、法律的には、定款で定められた「発行可能株式総数」のことをいいます。
 もっとも、授権枠を「発行可能株式総数から発行済株式総数を控除した数」、つまり、「あと何株発行できるか」という意味で使うことも多いです。

 授権枠については、次の記事で説明していますので、参考にしてください。
http://blog.livedoor.jp/masami_hadama/archives/50357979.html

 さて、この授権枠は、新株予約権無償割当て型の買収防衛策を設計する上では、極めて重要な制度です。

 新株予約権無償割当型の買収防衛策は、買収者以外の株主の株式を増加させて、買収者の持株比率を下げる防衛策ですから、授権枠が少なければ、持株比率を十分に下げることができず、防衛することができません。

 また、授権枠は、株主総会の特別決議で定款変更をしなければ増加させることができませんから、この授権枠による制約は、取締役会や株主総会の普通決議で発動するタイプの防衛策の最大の弱点でもあります。
 つまり、一度発動させると授権枠の多くを費消してしまい、二度目のTOBでは、十分な防衛ができなくなってしまうのです。
(私の買収防衛策のセミナーでは、この弱点をもとに「ほふく前進戦術」という防衛策破りの裏技を伝授し、そうした攻めに対応できる防衛策は何か、ということを考えたりしています)。

 私は、基本的には、新株予約権無償割当てでは、あまり実効性のある防衛策を設計できないと思っていますが、あえて実効的な防衛策を実現しようとするならば、今回のブルドックがやったように
   株主総会の特別決議で定款を変更して授権枠を拡大する
という方策を組み合わせざるを得ないでしょう。

 ただ、isologueでも触れられていますように、今回のブルドックの授権枠の定款変更は、
「平成19年10月1日時点における当社の発行済株式の総数が5千万株以上であること」を条件として、授権枠の拡大の定款変更の効力を生じるものとしています。

 2年ほど前に、isologueで授権枠の拡大について議論になったときに
(http://www.tez.com/blog/archives/000556.html)、磯崎さんが

「(このプランの新株予約権が行使等されて発行済株式数が増加した場合に限って)、定款記載の発行可能株式総数を行使等前と後の発行済株式数の比を乗じて得た数に増加する」
という停止条件付決議ができないかというご提案をされたときに、私は
  「残念ながら、ご指摘の「停止条件付」決議は、会社法でも認められないと思います。」
というコメントをつけたことがありました。

 授権枠の制度は、株主の保護のために、取締役会の株式発行権限を制限するために定款の必要的記載事項とされているのだから、その制度趣旨を無にするような決議は認められないため、そのようなコメントをつけたのです。

 もし、磯崎さんのご提案の停止条件付決議ができるとすれば、取締役会が、無制限に株式や新株予約権を発行することができることになりかねません。

 もっとも、既に株式や新株予約権の発行の決議がされていて、近日中に発行済株式総数が増加することが決定されている場合には、株式の発行を停止条件として、発行可能株式総数を拡大する旨の定款変更を決議することはできます。
 これは、授権枠の制度趣旨を没却するような停止条件ではないため、例外的に認められているものです。

 この停止条件を、どこまで緩く設定することができるかということは、一応、問題になるでしょうが、具体的な株式・新株予約権の発行決議がない場合や発行期日が設定されていない場合には、停止条件は違法になるものと思います。

 今回のブルドックの停止条件は、一般的な停止条件と異なり、必ず授権枠を拡大するものではありません。
 株主総会の特別決議を取る段階では、スティールが撤退すれば、新株予約権ひいては株式が発行されない可能性があったため、授権枠の拡大に停止条件をつけざるをえなかったわけです。

 このブルドックの停止条件は、
①新株予約権の無償割当て決議を前提とし、一定の条件のもと、一定の期日までに、新株予約権の行使等により株式が発行されることになっていましたから、一般的に認められている停止条件付決議とほぼ同じであり
②一般的停止条件と異なる点は、授権枠の拡大を「行わない」場合が広がっているだけですから、取締役会の権限を抑制するという授権枠制度の趣旨を没却することはありません

したがって、この停止条件は、会社法上、許される停止条件付き決議であるといえるわけです。

 磯崎さんは
「本株主総会第○号議案に基づき発行された新株予約権の行使または取得により、発行済株式の総数が5千万株以上となった場合」といった条件でもOKだったのか?
というご疑問をお持ちのようです。

 私は、これまで述べてきた理由により、ブルドックの新株予約権であるならば、新株予約権の行使等によって発行済株式総数が増加したことを停止条件として授権枠を増加させることとしても、授権枠拡大の時期及び範囲が明確なので、取締役会の発行権限を制限するという授権枠の趣旨を没却せず、有効であると思います。

 登記実務と絡むところなので、あまり断言的なことは言いたくないものの、すべての停止条件が明確かどうかというより、現在認められている停止条件付決議よりも制限的な条件をつける限りにおいては、問題はおこらないのではないでしょうか。

(質問コーナー))
Q1
先生は日本の買収防衛について賛成論者ですか反対論者ですか?
根拠もセットでお答えいただけたら幸いです。
投稿 ToTAN | 2007年8月15日 (水) 19時33分
A1
会社の自治によるものですから、私は、賛成でも、反対でもありません。

Q2
見せ金について質問させてください。
見せ金について、百問の14問では払込みを無効とした上で通常、業務上横領罪に該当するとされております。
しかし、払込みが無効と言うことになると、払込金は会社に帰属するものではなくなり、他人たる会社のお金を横領したことにならず刑法252条1項には当たらないのではないでしょうか?

たとえば、代表取締役になる予定であった発起人が見せ金を行い、代表取締役になった時点で払込金を引き出して借入金の弁済に充てたとしても、それは自分のお金を引き出しただけということになりませんか?
また、有名なトウシン誤振込事件(最判平8年4月26日民集50-5-1267)のように、その口座に振り込まれたことで払込金が口座管理人たる発起人に帰属したと考え、それが会社設立とともに会社に帰属し、結果として会社のお金を横領したことになると考えるのでしょうか?
さらに、会社に帰属すると考えたとしても、それは会社にとっては不当利得になるはずだから、それを単に発起人へ返還して借入金の弁済に充てさせただけと構成するとやはり横領罪の成立が難しくなりそうです。

この場合、払込金がは誰に帰属すると考えたらよいのでしょうか?あるいは、刑法252条2項の「公務所から保管を命ぜられた場合」と考えるのでしょうか。
投稿 tororo | 2007年8月16日 (木) 12時02分
A2
見せ金は、一旦、会社名義の口座に振り替えられた後、代表取締役がお金を引き出して、自分の借金の返済にあてるので、会社のお金です。お金は、占有あるところに所有ありですから。

Q3
葉玉先生、基本的なことで申し訳ありませんが、お教えください。
取締役会での職務執行報告の「3箇月に1回以上」ですが、この意味は、次のいずれでしょうか。
①3箇月を1期間とし、当該期間中のいずれかの日に報告すればよい。
 すなわち、1~3月、4~6月を1期間と考えた場合、各期間中に1回以上報告すればよいので、1/15の次は6/30に行うことも適法である。
②3箇月毎の月に報告する義務あり。
 すなわち、1/15の次は、4月中のいずれかの日に行う必要あり。
③3箇月以内の間隔で報告する義務あり。
 すなわち、1/15の次は、4/15以前の日に行う必要あり。
投稿 しん | 2007年8月16日 (木) 16時32分
A3
調べたわけではありませんが、普通は③でしょうね。

Q4
とりいそぎ誤植だと思われる、おかしいかと思うところを質問します。
過去に出ていた場所だとしたら、ご容赦を。
未出の修正だとイイのですが・・・

新・会社法100門の、p416のQ858の、
「取締役の職務代表者を選任する」の部分の、「職務代表者」は、「職務代行者」の誤植だと思うのですが?
投稿 至誠丸 | 2007年8月16日 (木) 16時46分
A4
そうですね。ありがとうございました。

Q5
会社法整備法88条の端数等無償割当てについて、ご教授ください。
例えば、1株所有していた株主Aに対して、新たに99株が無償で割り当てられるとします。また、株主Aはその有する1株について、Bを質権者とする登録質を設定していたとします。この場合、Aに新たに割り当てられる99株についてはBを質権者とする登録質が設定されたことになり、株主名簿にその旨の記載がなされるのでしょうか?
整備法ではこの場合に該当する規定を見つけることができません。会社法152条1項が適用(類推適用?)されることになるのでしょうか?
投稿 法務課員 | 2007年8月17日 (金) 18時05分
A5
会社法152条1項の類推適用なのでしょうね。

Q6
1000問の57頁の図表2-2のことで質問です。横枠の既存株式の全部について内容を変更のところの全部取得条項付のところは網掛けになっているのは種類株式発行会社以外の会社だからだとしたら剰余金の配当、残余財産の分配、議決権の制限等も108条の規定であり、網掛けになっていないのはなぜでしょうか?
投稿 司法くん | 2007年8月17日 (金) 19時40分
A6
 たしかに徹底していないような気がしますね。108条1項しかないものは、全部網掛けでしょう。

Q7
報道などによると、次の会社法改正として、「会計監査人の選任権と報酬決定権を監査役(会)に付与せよ」との議論があるようですが、これにつき、以下(先生の私見で結構ですので)ご教示下されば幸いです。
(なお、報道でははっきりしないのですが、「選任権」については株主総会権限であることに変わりはないでしょうから、「選任議案の提出権」との理解を前提とします。)

①会計監査人との監査契約を締結する際の会社側代表(権)者は、監査役になるのでしょうか。(そうしないとリクツに合わないように思います。特に報酬額が契約内容になっている場合は。)

②(もし①がYESなら)会計監査人に対する訴え(株主代表訴訟)において、会社を代表するのも監査役になる(従って、提訴請求の提出先も監査役になる)のでしょうか? (これは必ずしもリクツ上そうしないといけないと言えないようにも思いますが。)
投稿 POPOLON | 2007年8月19日 (日) 22時45分
A7
どうとでも決められると思います。
内部的意思決定の話と代表の話は次元が違いますので、監査契約の締結の代表権を誰に与えるかは、論理的に決まるものではないでしょう。

Q8
先日葉玉先生のセミナー「企業買収防衛策の死角」に出席した者です。その中のレジュメ(28P、pp55)に適法な新株無償割当とあり、導入については、「定款に株主総会に無償割当て権限付与」とあるのですが、同時に「毎年定時総会において特別決議を取り無償割当ての委任をしていくのがベスト」と記載されています。これは、発動(無償割り当て)については、取締役会に委任するということでしょうか。そうすると、発動するかどうかの判断は、取締役会で行うということでよいとのことでしょうか。もっとも、買収者が20%以上の株式保有など、客観的な発動要件であれば、委任してもいいかもしれませんが、濫用敵買収者とか、必要な情報を提供しないようなある程度主観的な要件でも、取締役会でいいのでしょうか(ブルドックでは、発動も株主総会で決議しているので)
投稿 お局法務部員 | 2007年8月20日 (月) 04時58分
A8
発動を取締役会の決議で行うことになります。
私は、基本的に客観的な発動要件を前提にし、取締役会に裁量を与えずに発動すればよいと思っています。
もっとも、一定の裁量を与えたとしても、株主総会の委任に基づくものなので、現在の取締役会発動型よりも適法性は高く評価されると思います。

Q9
千問の道標の問125ですが、2の①何らかの種類株式(いわゆる当て馬株式)を定める定款の変更とありますが、現在、非公開及び種類株式発行会社以外の会社(いわゆる普通株式のみ発行)場合で、
1.以下のとおり定款変更決議を行う。
①甲種類株式(株式の内容に格別の定めの無い株式)
②乙種類株式(当該株式を株主総会の決議によって全部取得することができる株式)
2.既存の種類株式(いわゆる普通株式)を乙種類株式とする内容変更を甲種類株主総会決議(会111条2項)で行う。
3.以下の議題を同時に株主総会で決議する。
  ①乙種類株式の全部を取得
  ②100%減資
  ③新たな株主に対して募集株式の発行
といった手続きをとった場合、上記の何らかの種類株式(いわゆる、当て馬株式)を全部取得条項を定めたことにより相対的に既存の普通株式が種類株式となったと考えて行うことが可能でしょうか?
投稿 がんばれカープ | 2007年8月20日 (月) 16時32分
A9
 質問の意味がよく分かりませんが、質問を読む限り、できそうなことを言っていると思います。

Q10
吸収型組織再編の場合、いわゆる対価の柔軟化が19年5月から施行されていますが、例えばその対価の種類について、全株主同じ種類の資産でなければいけないのでしょうか?
価額に異論が無ければ株主平等の原則には抵触しないと思うのですが・・・
今回株式交換を行おうとしているのですが、
条文768-3では同じでなければいけないとはっきり書いていないと思います。
投稿 会社法初心者 | 2007年8月20日 (月) 16時47分
A10
基本的には、株主Aと株主Bには、同じ種類の財産を交付しなければいけません。

Q11
株式上場会社の新株予約権の発行について1点お尋ねさせてください。

会社法第240条2項及び4項並びに会社法施行規則第53条からは、株主保護のため新株予約権の割当日の2週間前までに発行事項を通知することとし、この2週間という周知期間は短縮できないように読めますが、証券取引法第8条3項の規定を満たした場合は、この期間が2週間なくとも有効に発行できるように読めます。この場合、特別法が優先されるものとして、たとえば財務局より1週間と指定された場合は、周知期間は1週間として登記手続に入ることができると考えてよいのでしょうか?
投稿 りーさ | 2007年8月21日 (火) 11時58分
A11
周知期間2週間は短縮されないと思います。

Q12
会社勤めをしたことがないせいか、テキストを読んでも状況がいまいちイメージできません。
具体的な場面をイメージできるようになるには、どうすればいいでしょうか。
また、お勧めの本などございましたら、教えていただけるとありがたいです。
投稿 アストロガンガー | 2007年8月22日 (水) 00時22分
A12
 良い先生から授業を習うことです。独学では難しいでしょう。

Q13
葉玉先生、はじめまして。私はいまロースクール2年生です。答案作成について質問があります。問いに「裁判所はどのような判断をすべきか論述せよ。」「弁護士はどのような立論をすべきか検討せよ。」などとある場合、自分が裁判官や弁護士になったつもりで論述すべきか、第三者の立場から論述すべきなのか、迷ってしまいます。また、もし弁護士として論述する場合、弁護士に不利だけれども、誰でも知っている論点があるときにも悩みます。このような論点は、まったく書かない方がいいですか?一応書いて最後に「主張すべきでない」などと記す方がいいでしょうか?初歩的な質問で申し訳ありませんが、ご教示のほどよろしくお願います。
投稿 sakura | 2007年8月22日 (水) 14時07分
A13
弁護士に不利なところは、「一見不利だけど、こう対応すればよい」と書けばよいのではないでしょうか。

Q14
株券を実際に発行している株券発行会社における、
会社法219条1項1号の公告及び通知の時期についてご教示ください。
旧商法350条1項においては「決議ヲ為シタルトキ」と規定されていましたが、会社法219条1項本文においては「行為をする場合」と規定されていますので、会社法施行によって、株主総会で定款変更決議がなされる前でも、公告及び通知が可能になったと考えておりますが、いかがでしょうか?
投稿 としお | 2007年8月24日 (金) 18時10分
A14
公告及び通知はできます。

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2007年8月15日 (水)

防衛策と利益供与

 最近、買収防衛策のセミナーを多くやっているせいか、問題関心が、そちらに行きがち、だんだんマニア化しています。

 とはいえ、一連の記事について、重要な質問が2問入りましたので、本日は、それをメインテーマにしたいと思います。

1 独立委員会について
 まずは、前回の記事についての 「爽やか法務部員」さんのご質問。

「独立委員会の判断が、実質的に意味をもたないと言及されていますが、防衛策の発動に対する合理性や相当性判断にあたっても、なんらの評価も裁判所はしないだろうとの見解ということでしょうか。
 防衛指針はあくまで行政上のもので、司法はそれを考慮しないと言われればそれまでですが(そのようなガイドラインを作った側の責任は、、、というのもよぎりつつ)。
 防衛策を導入するにあたって、外部専門家や社外有識者にお金を払って招聘しようと
動いている最中でしたので考えさせられました。」

 前回の記事は、「独立委員会の判断は、防衛策の発動に対する合理性や相当性判断にあたっても、裁判所は、なんの評価もしないだろう」という見解です。
 この点は、前回の記事からも一目瞭然だと思いますが、私は、セミナーで同様の質問されても
 「独立委員会は、法的には何の意味もありません。」
と明言しています。

 法務省・経産省の防衛指針も、私の見解と同じです(当然ですが)。
 実際、商事法務1807号の対談でI沢さんも同じことをおっしゃっており、個人的には、I沢発言は、かなりウケました。

 防衛指針を、よく読んでください。
 独立委員会があると「適法性が高まる」ということは一言も書かれていません。
 単に市場の理解を得やすいという趣旨で書かれているだけです。

 防衛指針は、適法性の要素と、それ以外の要素を明確に意識して書かれています。

 取締役会で防衛策が発動されたときに、裁判所が、独立委員会の決議を株主総会の特別決議と同視してくれる可能性は極めて0に近いと思いますので、それが適法性を高めるという誤解があるとすれば、今の内に解いておいた方がよいと思います。

 ただし、独立委員会の意見を聞くことが、正しい判断をするという観点や、政治的な観点から意味がある場合はあると思います。私は、単に法的に無意味であるといっているだけで、それ以外の実質的意味を否定しているわけではありません。

2 利益供与について
「むぎゅ」さんの質問は、ブルドックと利益供与の関係についてのものです。

「ブルドックの件、株主平等か否かというより前に、利益供与のように思えます。

予約権の買取りと言う形をとっていますが、全株主に保有株式数に応じて予約権を与えることから、そもそも予約権自体に金銭的「価値」はないはずです。 それを21億円で付与直後に購入するというのは、形を変えた利益の供与に思えます。
しかも、その金額はスティール側のTOB価格を基にして計算されたものであり、総会屋が「会報の購読料は○○円です」というのをそのまま払い込むことと大差はないのではないでしょうか。
19年3月期に、たったの6億円しか利益をあげていない企業が、弁護士費用を含め28億円も使って「守った」ものは何なのでしょう???」

 むぎゅさんの質問に回答する前に、まず利益供与の条文を確認しておきましょう。

第百二十条 株式会社は、何人に対しても、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。)をしてはならない。
2 株式会社が特定の株主に対して無償で財産上の利益の供与をしたときは、当該株式会社は、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与をしたものと推定する。株式会社が特定の株主に対して有償で財産上の利益の供与をした場合において、当該株式会社又はその子会社の受けた利益が当該財産上の利益に比して著しく少ないときも、同様とする。

120条2項を見てもわかるとおり、「有償で財産上の利益を供与した場合」も、利益の供与になる場合はありますが
 「会社の受けた利益」と「株主が受けた財産上の利益」が均衡又はほぼ均衡している場合には
 ① そもそも「利益の供与」に該当しない
 ② 「株主の権利の行使に関し」という要件を立証することが困難である
という2つの問題が生じます。

 ですから、ブルドック事件でも、その2つの視点から分析する必要があると思います。

 むぎゅさんの疑問点は、
 a 新株予約権自体に価値がない(から、対価が均衡しない)のではないか
 b スティールのTOB価格をベースにすることは(対価が均衡しないことになるから)不当ではないか
ということだと思います。

 しかし、aについては、本件新株予約権の無償割当てにより、既存株式の価値が希釈化するので、新株予約権に価値がある(株式の価値が移ってくる)のは明らかです。株式分割の新株に経済的価値があるのと同じことです。

 なお、ブルドック事件では、

「スティールの新株予約権は、行使も譲渡もできないものなので、価値がない」という論法で、対価の不均衡であるという主張がされていました。

しかし、当該新株予約権が、譲渡・行使できる場面はあるので、価値がないと言い切ることはできないでしょうし、裁判所も利益供与の主張は蹴りました。

 むぎゅさんの主張するbについても、スティールが決めた価格だからといって、対価が不均衡であるという論拠にはなりえないと思います。

 上場株式の価値は、基本的には、市場で決まります。TOB価格が市場価格の最低限を画することが多いこと考えると、TOB価格を新株予約権の算出の根拠とすることは、不合理ではありません。

 以上のように、今回、ブルドックがスティールに支払った23億円は、スティールの株式の価値が希釈化することに対する対価であり、算定方法も保守的な考え方に基づくものですから、私は、適正対価であると言って良いと思います。少なくとも、「適正対価ではない」という立証をすることは非常に難しいといえるでしょう。

 また、本件では、「株主の権利の行使に関し」という要件についても欠けています。
 検事時代の経験からいえば、利益供与における最大の立証上の難関は、この利益供与の趣旨の部分です(それが難しいからこそ、民事上、120条2項が置かれているのです)。

 利益供与は、株主との合意の上で利益を供与する場合を想定しており、本来、敵対的株主の意思に反して利益を付与するような場面を想定していません。そのため、買収防衛策のように、会社が、法律上又は事実上、株主から新株予約権を取り上げて対価を支払うときには、「株主の権利の行使に関し」という要件を欠くことがほとんどだと思います。
 実際、利益供与にあたると主張する論者の文章を読んでみても、「ブルドックがスティールのどのような権利の行使に関して利益を供与したと考えているのか」という点は、明確にされていないように思います。

 以上のように私は、「利益の供与」の点でも、「権利の行使に関し」の点でも、ブルドックの防衛策は利益供与になる余地は全くなかったと思っています。
 
 他方
「もし、ブルドックが、スティールの新株予約権の譲渡を認めず、取得もしなかったら、一般株主に対する利益供与にならないのか」ということを考える方が怖いです。
 
 この場合、スティールの新株予約権は、経済的に無価値であり、スティール以外の一般株主に、新株予約権という財産的価値のあるものを無償で供与したと見られる可能性が高まります。

 そうすると「株主の権利の行使に関し」という点が推定され、一般株主が議決権の行使によって得をするという構造の下では、この推定を覆すのは、難儀ですね。

 私の感覚では、民事・刑事の裁判をにらむと
 「スティールに与えた金額がちょっと少ない(又はちょっと多い)」
という争点ならば、怖くないですが
 「スティールに何も与えなくても、適法だ」
と主張するのは、「すごく怖い」というのが実感です。

(質問コーナー)
Q1
予備校出版の会社法のテキストで何かオススメはありますか?今100問だけで勉強してるのですが、わからないことを調べるのに一冊欲しくなったので。なぜ予備校のものなのかというと、基本書よりも見やすくて、情報の検索性に優れているような気がするからです。

投稿 ほっこーそれそれー | 2007年8月 5日 (日) 14時42分
A1
私は、最近、予備校のテキストを読んでいないので、勧めることができません。
自分が読んでみて、わかりやすければよいのではないでしょうか。

Q2
千問の道標について
【Q3】について
前段の発起人が設立に必要な行為をするためには
結局どのような名義を使用するのがベターなのでしょうか。
後段の質問には問いと答えが対応しているのですが前段は
あり得る名義しかあげられていないのでおたずねします。
A2
 ケースバイケースです。

Q3
【Q4】について
発起人の設立に必要な行為を行った場合の成立後の会社に
帰属する法的構成はどのような見解をとられているのでしょうか
通説のように、設立中の会社という概念がないので
どのように法的効果を成立後の会社に帰属させるのか気になりました。
これに関連して発起人が結ぶ種々の契約を会社を受益者とする
第三者のためにする契約と解することはできますか。
A3
設立中の会社でよろしいのではないでしょうか。

Q4
【Q7】について
発起設立後に募集株式の発行に比べて、募集設立を行うメリットが
回答上3つ上げらあれていますが、回答中でも断られていますように
あまり大きなメリットがないように思われますが、現在の時点では
この他に何かメリットを想起されましたでしょうか。
A4
メリットないです。もともと募集設立は、廃止しようとしたけど、なんとなく廃止できなくなってしまった制度ですから。

Q5
【Q23】について
追加設立費用が創立総会決議により追加する旨の変更がなされた場合に
検査役の調査が必要とのことですが条文上の根拠が見つかりません。
会社法33条1項は原始定款成立後に公証人の認証後遅滞なく検査役の選任の
申立てを発起人に義務づけていますが、定款変更後については特に
定められていません。
変更後も必要とする条文を教えていただけますでしょうか。
A5
33条1項です。同項は、文言上、原始定款に限定されていません。

Q6
【Q37】について
参照条文として57条があげられていますが58条1項が「その都度」、
3項が「当該募集ごとに」としていることから回数制限がないことは
裏付けられるのではないでしょうか
A6
そうですね。

Q7
【Q44】について
 預合による払い込みを発起設立で無効とする弊害として会社債権者
の銀行などに対する代位行使の余地がなくなることをあげられていますが
会社法53条等の発起人の責任を代位行使する余地はあるのですから
会社債権者を害するおそれはないのかなと思いますがいかがでしょうか。
 次に、募集設立の弊害として払い込みを無効とすると会社の株主資本ではな
く、剰余金扱いとされてしまうので会社債権者が害されるという説明なのですが
これは発起設立にもいえるのではないでしょうか。さらに、このような
不合理が生じるのであれば計算規則等で剰余金扱いできないようにすれば
良いだけだと思うのですが、なぜ立法化されなかったのですか。
 なお、払込み自体が有効という結論は対会社との関係で払い込み返還制限がある
ことを銀行は第三者である会社に対して主張できないということをいえればよく
たまたま預かり合いが刑事罰が科されるものだからといって払い込み部分は有効で
返還制限特約部分が民法92条ないしは90条により無効と考えるのはだめですか。
A7
(1) 預合いによって、会社にどのような損害が生じたのでしょうか?53条は、実質的にどの程度機能するのでしょうか。
(2) 発起設立は、払込取扱銀行等の責任がありません。
(3) 計算規則は、払込みを有効にするための規則ではありません。
(4) 「なお」以下は、なんのためにそう考えるのかが分かりません。

Q8
【Q61】について
 回答中で「①定款で特別取締役を定めた場合」とありますが、この場合は
選定そのものであり、会社成立後の選定方法について定めを設けたわけで
はないので29条の適用はなく、会社法373条1項に違反するのではないのでしょうか。
 回答冒頭で説明されていますように、あくまで特別取締役を選任可能なのは
取締役会や取締役(社外取締役1名以上含む)という機関が存在する場合であり、
会社成立前には29条から選定方法について定めることができるのみで会社成立前に創立総会や設立時取締役の互選により特別取締役を選任するのは373条1項に違反する無効なものではないのでしょうか?
A8
書かれているとおり、有効です。

Q9
【Q71】について
 株式会社の設立の無効事由として①ないし⑥まであげられていますが
①については会社法52条の問題として解決できるので無効たらしめる瑕疵と
いえないのではと思うのですがいかがでしょうか。
投稿 会社法使い見習いLv1 | 2007年8月 6日 (月) 05時40分
A9
 そう考えるのは自由ですが、無効事由です。

Q10
はじめまして、本年度新司法試験を受験した者です。新61期からは導入修習
すらなくなり、自分で事実認定の勉強等を進めなければならないと考えている
のですが、どのように勉強すれば良いか教えていただきたいと考えています。
また、刑裁、刑弁の起案形式についても簡単に教えていただけると幸いです。
検察起案は、ロースクールの教官の方が教えてくださったのですが、他は余り
情報がなくて勉強の方針が立てにくい状況です。
投稿 虚仮 | 2007年8月 6日 (月) 08時49分
A10
 事実認定の勉強は、難しいですね。
 殺意の認定とか、近接所持とか、典型的なものだけを本で勉強したらいいのではないでしょうか。
 刑裁、刑弁の起案形式といっても、問題が何かによりますよね。基本は、判決書でしょうから、判例データベースで、短めで典型的な判例を全文ダウンロードして、まねすればいいのではないでしょうか。

Q11
 取締役会決議ではダメで株主総会ならOKな防衛策は,平時には存在すると思われますが,今回のような有事の場合は,必ずしも当てはまらないのではないでしょうか。
 つまり,今回は防衛策の成立=敵対的買収の不成功に近いのであり,だとすれば過半数の賛同を得ることができないことが明らかな敵対的買収に対する防衛策の「必要性」がなぜ認められるのかが不明確ではないでしょうか。
 また,株主総会決議に際しては,当然委任状勧誘が行われるのでしょうが,当該賛否が現行経営陣に対する踏み絵として機能し得るため,逆に株主に強圧的で判断を誤らせるおそれが生じるように思われます。
 さらに,委任状勧誘の際,取引先兼株主等に対する有形無形の便宜が,株主に対する利益供与禁止を実質的に潜脱する形で行われるおそれもあり,これを阻止する有効な規制手段もありません。
 とすれば株主総会を経たことにより,防衛策の適法性は高まるものではなく,むしろ取締役の責任に対する免罪符として機能する側面の方が強いとさえいえるのではないでしょうか。
 そういう意味では,少数株主にも善管注意義務を負う取締役が自らの判断で決する防衛策のほうがむしろ透明性が確保できるような気もします。(法律論とはいい難いですが失礼しました)。
投稿 M&M | 2007年8月 6日 (月) 21時48分
A11
 総会決議を取ることは、いろいろな意味があります。免罪符としての意味もあるでしょう。

Q12
葉玉先生、はじめまして。企業法を苦手としている会計士受験生です。
現在、「新·会社法100問」で勉強しているのですが、最低限、オウムの力とキリンの力を身に付けたいと思っています。オウムの力の重要性は理解できるのですが、キリンの力の意味がよくわかっていません。「要件と効果を切り分ける」のは、なぜ必要なのでしょうか?今まで、そのようなことは意識して条文を読んだことがありませんでしたので、その切り分けに苦労しています。
投稿 キリンになりたい会計士受験生 | 2007年8月 6日 (月) 23時37分
A12
 会社法に限らず、法律は、要件と効果に分かれています。これを切り分けることがなぜ必要か、というのは、
 「1+1=2 という数式を+1=2 1と書いたら駄目か」
という質問とほぼ同じです。

Q13
<状況>
私は事業会社で経理財務の仕事をしております。決算発表が終わると、証券アナリストから取材の依頼があり、アナリスト説明会を開催するとともに、2時間程度の個別インタビューにも応じています。

<質問>
アナリストの個別インタビューに応じることは、金融商品取引法の趣旨に反するとともに、会社法の株主平等原則にも抵触するのではないでしょうか。

個別インタビューでは一般に開示していない情報(例えば、より詳細なセグメント情報など)をお教えしています。こうした情報は個人株主では入手できません。たとえ、個人株主が個別インタビューを依頼してきても門前払いでしょうし、そもそも各社が個別インタビューに対応していることも一般にはあまり知られていません。
投稿 IR担当部門のアナリスト対応 | 2007年8月 8日 (水) 16時47分
A13
 株主に対して、会社が、最低限伝えなければならない情報及び株主の請求によって開示しなければならない情報は、会社法等により定まっています。
 問題は、株主の求めに応じて、任意に、どの程度の情報を開示してよいかということです。この問題は、プロキシーファイトのときに、よく問題になるところです。
 私は、こうした任意の開示については、株主としての権利の内容になっていない事項ですから、株主平等の原則は、直接適用されないと思います。たとえば、株主ではない取引先やマスコミに対し、株主に開示していない情報を流したからといって、株主との不平等は問題になりません。たまたま、開示先が株主だったからといって、株主の権利の範囲外の事項について広く開示したことを、株主平等原則の問題とすべきではないと思います。

Q14
勉強術の記事は現在9回ですが、全何回の予定なのでしょうか?
投稿 パリ | 2007年8月 9日 (木) 13時55分
A14
たぶん、12回だと思います。

A15
葉玉先生 いつもご参考にさせて頂いてます。
今日は著書についてご質問があります。「会社法マスター115講座」中の61ページ図表27の色分け理由について教えて頂ければ幸いです。
投稿 TETSU | 2007年8月10日 (金) 19時26分
A15
なんでしょうね?担当者に聞かないとよく分かりません。
すいません。

Q16
 種類株主総会の普通決議および特別決議について質問させてください。

 種類株主総会の普通決議の定足数は 当該種類の株式の「総株主」の議決権の過半数です。(324条1項)
 これに対して、種類株主総会の特別決議の定足数は当該種類株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数です。(324条2項)
 この様に 種類株主総会の定足数において普通決議と特別決議で異なるのはなぜなのですか?ご教授ください。
投稿 maru | 2007年8月11日 (土) 03時37分
A16
 決議要件は、政策判断というしかないですね。

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2007年8月 7日 (火)

ブルドック最高裁

ブルドック事件最高裁判所決定がでました。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070807163246.pdf
この1か月ブルドック事件ばかりやっていますが、次期、会社法100選に載ることが確実な重要判例ですからご容赦ください。

前回の記事で、最近の最高裁はサービス精神旺盛だと書いたら、見事やってくれました。
地裁・高裁・最高裁。結論が全然変わらないにもかかわらず、それぞれ、きちんと理由を述べてくれるなんて嬉しい限りです。

 最高裁決定は、一言で言えば
  株主総会の決議を尊重する地裁決定と同様の枠組みである
ということができるでしょう。
 以下、決定の骨子と私のコメントを述べます。

1 株主平等の原則違反
(1) 株主平等の原則の趣旨は,新株予約権無償割当ての場合についても及ぶというべきである。
 <コメント>
 「差別的行使条件」にふれずに、無償割当てに109条の趣旨が及ぶと判示したので、地裁・高裁より少し株主平等の原則の範囲が広がっているようにも見えますが、。新株予約権の内容が同じならば、株主平等原則違反の問題は生じようがないので、実質的には、大した違いはないように思います。

(2)株主平等の原則は,個々の株主の利益を保護するため,会社に対し,株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱うことを義務付けるものであるが,個々の株主の利益は,一般的には,会社の存立,発展なしには考えられないものであるから,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の存立,発展が阻害されるおそれが生ずるなど,会社の企業価値がき損され,会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合には,その防止のために当該株主を差別的に取り扱ったとしても,当該取扱いが衡平の理念に反し,相当性を欠くものでない限り,これを直ちに同原則の趣旨に反するものということはできない。

 <コメント>
 長く引用してしまいますたが、本決定の枠組みを述べたところです。
 株主平等原則の趣旨に反しない要件として
    ①企業価値が毀損され、会社の利益・株主共同の利益が害されることになること(防衛の必要性)
    ②手段の相当性
を挙げています。
 この枠組みも概ね従来の判例どおりです。

(3)特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の企業価値がき損され,会
社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては,最終
的には,会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものである。
 <コメント>
 注目すべき部分です。
 (2)①の防衛の必要性について、株主自身により判断されるべきとしました。株主総会の「特別決議」と言っていないので、最高裁は「普通決議」を全く駄目だというつもりはないのではないかと期待してしまいがちになります。
 もしかしたら、新日鐵さんの防衛策のように正式の株主総会でなくても、大丈夫かもしれないとも思います。

(4)株主総会の手続が適正を欠くものであったとか,判断の前提とされた事実が実際には存在しなかったり,虚偽であったなど,判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り,当該判断が尊重されるべきである。
<コメント>
 地裁は、「明らかに不合理でない限り」、総会決議を尊重するという立場でした。普通に考えれば、裁判では、内容の合理性を問うということでしょう。
 最高裁は、「判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り」という、手続き的な要素を重視した限定を加えています。具体的には
 ① 手続が適正を欠く
 ② 判断の基礎が不存在又は虚偽である
という例をあげています。
 この部分を見比べる限り、最高裁の方が、より株主の意思を重視しているように思います。
 私は、以前このブログで、防衛策の適法性の基礎は、株主の意思に求めざるを得ないと主張していましたが、今回の最高裁の考え方は、たぶん、私の考えと同じです。

(5)防衛策によって、買収者が持株比率が大幅に低下することにはなっても、
①スティールも意見を述べる機会のあった本件総会における議論を経ていること
②スティール以外のほとんどの既存株主が,(スティールに現金を払うこととを含めて)企業価値のき損を防ぐために必要な措置として是認したものであること
③スティールは、取得条項による取得又は新株予約権の譲渡により、適正な対価を受けることができること
から、相当性を欠くものとは認められない。

<コメント>
 地裁決定でも述べましたが、私も、この考え方には賛成です。
 なお、最高裁は、ここでも「特別決議」とは言っていませんが、「ほとんどの既存株主」が賛成したことを強調しているのは、気になるところです。過半数をちょっとくらい超える既存株主だったら、どうなんでしょうね。
 それから、適正対価は、相当性を基礎づける大きな要素として取り上げられていますね。

2  不公正発行
(1)相手方が,経営支配権を取得しようとする行為に対し,本件のような対応策を採用することをあらかじめ定めていなかった点や当該対応策を採用した目的の点から見ても,これを著しく不公正な方法によるものということはできない。
<コメント>
 事前警告がなくても、防衛策を発動することができることを明らかにした部分です。
 先日、私が買収防衛策のセミナーをしているときに、参加者から
    「事前導入をしないと、敵対的買収時に発動できないという噂がありますが、本当でしょうか」
という質問を受けました。私は、即座に
    「風説の流布。または、都市伝説です。」
と答えましたが、最高裁も、同じ考え方でホッとしました。

(2)株主に割り当てられる新株予約権の内容に差別のある新株予約権無償割当てが,会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく,専ら経営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持するためのものである場合には,その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正な方法によるものと解すべきであるが,本件新株予約権無償割当てが,そのような場合に該当しないことも,これまで説示したところにより明らかである。
<コメント>
 ちょっと気になる部分です。
 「取締役会」が、自己の経営権維持目的で、新株予約権の無償割当てを行うのは、違法だというのは、昔から明らかなところですが、今回の最高裁決定は
 ① 取締役だけではなく、「取締役を支持する特定の株主の経営支配権」を維持するためのものでも、不公正発行にあたる
 ②株主総会の決議による新株予約権無償割当てでも、経営支配権維持目的では不公正であり、企業価値・株主共同の利益を維持するためでなければ、不公正発行にあたる
と判示したように見えますね。
 上場会社の株主総会は、沢山の株主が参加するので、株主総会の決議に「目的」を観念するのは難しいと思いますが、「不公正」の要件としては、理論的にも一環しているし、実務的にも受けれやすいものだと思います。
 実務家として、株主総会で防衛策の議案を提出する場合に、企業価値・株主共同の利益を維持する目的であるということを明らかにしたほうがいいのかなあなどと考えたりしますが。

 以上のように、最高裁決定は、濫用的買収者という概念を使わずに、一般的なルールを見据えた決定をしてくれました。
 私のブルドック事件についての一連の記事を読まれた方は、私が地裁決定を高く評価し、高裁決定を「あまり高く評価していない」「困ったなあと思っている」とお気づきであろうと思いますが、今回の最高裁決定は、私のもやもやを吹き飛ばしてくれました。

 濫用的買収者の概念は、取締役会で発動するときは、極めて重要な役割を果たすので、高裁決定の考え方は、参考にすべき点が多々ありますし、最高裁決定でも
 ①株主総会の普通決議でもよいか
 ②適正対価を交付しなくても適法か
という点については、当然のことながら、まだ明らかにされていません。

 それでも、いままで、真っ暗闇の中にあった買収防衛策の適法性に関する裁判所の見解が一連の決定でかなり明らかになりました。
 防衛策をこれから導入する企業はもちろん、すでに防衛策を導入した企業も、ブルドック事件の一連の決定を前提に、防衛策の見直しを迫られるのは必定です。

 「せっかく今年入れたばかりなのに・・。あの苦労はなんだったんだ」とお嘆きの方もいらっしゃるかもしれませんが、違法な防衛策をそのままにしておけば、困るのは自分です。
 
特に役会発動型の企業については、そのままでは裁判で戦いづらいので、防衛策を修正し、会社の実情に応じた工夫をした方がいいでしょう。
 防衛策には万能の妙薬はありません。
 そのことが今回のブルドック事件で、かなり明確になったと思います。

 個人的には、1か月にわたり、私の知的好奇心を刺激し続けてくださったブルドックソースとスティールさんには、感謝の気持ちで一杯です。

 子供のころから、実家の店を手伝う度に、箱入りのブルドックソースをトラックに積み込みしていたので、もともと愛着がありましたが、感謝の意をこめて、これから、しばらくは、ブルドックソースを愛用させていただきます。

 スティールさんにも感謝の気持ちを表したいのですが、私の貯金ごときの微々たる資金ではスティールさんに受け入れていただけないでしょうから、感謝の言葉のみをお送りしたいと思います。ありがとうございました。

(今日は、質問コーナーはお休みです)

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2007年8月 4日 (土)

ブルドック高裁決定(5)

 そろそろ夏休みを取っている方も多いでしょうね。
 私は、9月に生まれる4人目の子供と妻のために休みをとる必要があるため、今は、ただただ懸命に働いております。

 「どうもブログの更新頻度が上がらないなあ」と自分でも不思議だったのですが、脱時空勉強術を書くと、なんとなくブログを書いたような気になり、安心してしまうのが原因のような気がします。
 ともあれ、最近の2回は、特に受験生にお勧めの記事なので、ぜひ読んでください。
 第7回 デキル奴は「文書化」上手
http://nbo-writer.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20070719/130227/
 第8回「制欲」の勧め
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20070727/131020/

 さて、前回、一方的にhibiya_attorneyさんに論戦を挑んだところ、Attorney at Penn Lawにて反論をしていただきました。
(http://blog.livedoor.jp/hibiya_attorney/archives/50955783.html)。
 ありがとうございます。
「無視されたらどうしよう」と悩んでいたので、ホッとしました。

 さて、反論の詳細はAttorney@penn law を読んでいただくとして、hibiya_attorneyさんからの反論の骨子は、
「総会に諮るべき性質のものではないという主張は、立法論でもなければ現在の判例を前提とした解釈論をいうわけでもありません。私は法的に防衛策の発動について総会決議に諮ることができないと考えているのではなく・・」
ということです。

 私の前回の主張は
  「総会に諮ってはならない」という規範は存在ない
というものだったわけですが、hibiya_attorneyさんも、その点については異論はないということですから、この部分は、論争終了ですね。
 私が、hibiya_attorneyさんの主張を誤解していた点については、おわびいたします。

 とすると、次の論点は、hibiya_attoneyさんのいう
「実務上防衛策の設計にあたっては、防衛策の発動は取締役会決議のみにしておき、法的には可能であっても総会決議まで求めなくていいのではないか。」
という部分が妥当かどうか、ということになると思います。
 ただ、私は、当不当の問題については、ケースに応じて違うと思うので、一般的に論じるのは難しいと思っており、この点を正面から論じるつもりはありません(後で述べるように、法的安定性を確保するためには、総会発動型の方がよいと思いますが)。

 ただし、基本的な考え方において、hibiya_attorneyさんは
   防衛策の目的は、企業価値を毀損するような買収を防ぐことにあり、「企業価値を毀損するか否か」は本来は客観的に決められるべきものである。したがって、どの機関が判断するかによって結論が変わるのは理論的にはおかしい。つまり、株主総会決議を経た場合は取締役会決議のみを経た場合に比べて広く防衛策が認められるというのはおかしい
と考えているのに対し、私は
  ケースによっては、総会決議(しかも、特別決議)を経なければならない場合がある
と考えている点には、大きな違いがあります。
 これは、政策論ではなく、「総会決議を得なければ防衛策が違法になる」という意味で、法律論です。

 この点について、議論を整理してみましょう。

 私の考え方と、hibiya_attoneyさんの考え方の共通点は
   濫用的買収者かどうかは、客観的に判断される
   濫用的買収者に対しては、取締役会の決議で防衛策を発動してもよい場合がある
と考えている点です。

 そして、二人の相違点は、私は
(1) 濫用的買収者に対しても、取締役会の決議では発動できない場合がある(ただし、総会決議があればできる)
(2) 濫用的買収者以外の者に対しても防衛策を発動できる場合がある(この場合は、総会決議があればできる)

と考えているのに対し、hibiya_attorneyさんは
(1) 濫用的買収者に対してならば、誰が防衛策を発動してもよい(ただし、独立委員会が判断するのが適当)
(2) 濫用的買収者以外の者に対しては、防衛策を発動することはできない
と考えている点だと思っています。

 まず、(1)の点について、私の見解を述べます。

 確かに、濫用的買収者に対する防衛というのは、一種の緊急避難・正当防衛として捉えられています。
 また、正当防衛の中には、誰がやってもいい正当防衛もあるでしょう。

 たとえば、スーパーに強盗が入ったときは、パートのおばちゃんが強盗犯人の後頭部をフライパンでなぐっても、適法です。

 しかし、濫用的買収者がそのスーパーの株式を買い占め始めたときに、パートのおばちゃんが、勝手に
 「よし。防衛策を発動するよ~」
などと決めることはできません。
 
 どんな正当防衛であれ、侵害の性質と防衛行為の内容に応じて
 「誰が、防衛策の内容や発動の有無を決定する権限を有するか」
という権限論を論ずる必要があります。

 ですから、濫用的買収者に対する防衛策について、誰が「決定権限を有するか」という点についていえば、「誰でもよい」ということにはならず、まずは、法的枠組みとして
  公開会社の新株予約権無償割当ては、「取締役会」
    定款で株主総会に権限を与えれば、「株主総会」
が権限を持つということから、出発しなければなりません。

 次に、定款で特段の定めがない場合における株主総会の役割について、整理する必要があります。

 この場合、「防衛策の発動の有無を株主総会に諮る」と言っても、法律上
   防衛策の発動は、取締役会が決める
ことは明らかであり、株主総会の承認は、その決定に対する取締役会の自律的制限に過ぎません。

 すなわち、株主総会は「決定」するのではなく、「承認」するだけです。

 株主総会の「決定権限」と「承認権限」との区別は、非常に重要です。

 たとえば、株主総会が、定款の定めにより、防衛策について「決定権限」を有するとすれば
   友好的買収に対して、株主提案で防衛策を発動することができる
ということになるでしょう。

 もっとも、現状では、総会承認型の防衛策では、株主総会の権限は「承認権限」と捉えられていると思いますので
   役会が濫用的だと判断していないのに、総会が濫用的と判断して防衛策を発動する
ということはありえず
   役会が濫用的だと判断した場合でも、総会が防衛策を発動すべきではないと判断すれば、防衛策を発動しない
ということをやろうとしているだけです。
 
 では、なぜ、株主総会に、このような承認権限を与えているのでしょうか。

 それは、
 防衛策の発動により、株主が不利益を受ける可能性がある以上、自己決定の見地から、その承認を求めるべきである
ということを根拠にしているのだと思います。

 ブルドック事件の高裁決定が、スティールを濫用的買収者と認定したにもかかわらず、さらに、防衛策の必要性・相当性を論じているのは、必要性・相当性に欠ける場合には、濫用的買収者に対する防衛策ですら違法となるからです。
 そのことからも見てとれるように、
 「濫用的買収者かどうかは、客観的に認定できる」からといって、
 「株主に不利益を与える防衛策を取締役会の決議で決定してよい」という結論にはなりません。
 「濫用的買収者かどうかを誰が一番よく判断できるか」という視点以前の問題として、「不利益を被る可能性のある株主の承認を得るべきである」という視点を無視できないのだと思います。

 それから、hibiya_attoneyさんは
  独立委員会に決定を「一任」すること
を推奨されていますが、私は、その点については
  法律的にも、政策的にも、絶対反対です。

 私は、裁判所は、きっと独立委員会の決定には何の法的意味も認めないと思いますし、実質的にも、独立委員会に「企業価値の毀損」について判断させる意味はほとんどないからです。

 まず、独立委員会の法的意味について検討します。
 277条1項は、株式会社が新株予約権の無償割当てについての決定を行うこととしており、会社の機関でない者が、その決定をすることはできません。
 したがって、独立委員会は、法律上、新株予約権の無償割当てについて「決定権限」も「承認権限」も持つことはできません。独立委員会は、あくまでも、取締役会の権限行使について、防衛策の発動・不発動についてアドバイスをするだけで、最終的には、取締役会が、防衛策の内容と発動を決定する責任を負っています。

 このように法的権限を付与しえない独立委員会に判断を「一任」するのは、権限違背の疑義を生じさせ、違法性を高める可能性がありますし、取締役が善管注意義務違反を問われる可能性もありますから、法的にも、政策的にも妥当ではありません。

 また、現在の判例において「企業価値を毀損する」と考えられている行為は
  、グリーンメイラーや焦土化経営等
であり、その行為を見る限り、
  「買収者が、今後、どのような行為を行うつもりなのか」を見抜く事実認定能力
は必要だとは思いますが
  買収者の経営計画が会社の将来の業績にどのような影響があるか、企業価値を高めるのかなどという高度な経営分析能力
は、あまり必要とされていません。

 もし、「買収者の提出した経営計画と経営陣の提出した経営計画のどちらが、企業価値を高めるか」というような判断であれば、独立の経営専門家である独立委員会が役に立つ意見を出せるかも知れませんが、hibiya_attoneyさんは、「買収オファーが当該企業の本来的価値を下回っているのに、株主が誤信して応じてしまうような場合、いわゆるSubstantive Coercionがある場合に防衛策の発動を認めるのはどうかと思っています。」とのことですから、その点で独立委員会を使おうとしているわけではないようです。

 また、実際、日本の裁判所が考えているような「企業価値の毀損」という点について、独立委員会の判断が、どれほど役に立つか、疑問と言わざるを得ません。

 取締役会が独立委員会の判断を尊重することにより、公正っぽく見せかける又は株主の納得を得やすくするというような政治的な意味はありますから、独立委員会を設けるべきではないとまでは思いませんが、「独立委員会があるから適法性が増す」とか、「独立委員会だから良い判断をしてくれる」とかいうことはないだろうと思います。

 以上の理由により、私は、hibiya_attorneyさんの
(1) 濫用的買収者に対してならば、誰が防衛策を発動してもよい(ただし、独立委員会が判断するのが適当)
という考え方には、賛成することができません。

 次に(2)の「濫用的買収者以外の者に対しては、防衛策を発動することはできない」という点については、以前、このブログでもお話ししたように
    濫用的買収者以外の者に対する防衛策も、合理的理由があるかぎり、自治の一環として認めるべきである
と考えています。

 「濫用的買収者」という、あいまいで、裁判結果を予測しづらい要件が欠けただけで、すべての防衛策が不適法になるとするならば、防衛策は、すでに「策」ではなく、単なるバクチになってしまいます。
 会社が、自治により、客観的な要件を設計し、会社、買収者、その他の株主のそれぞれについて予測可能性を確保することは、法的安定性をはかる上でも、それぞれの利益を守る上でも重要なことです。

 ブルドックの株が、最高裁の決定が出ていないというだけで、決定で予想された1株400円ではなく、市場で800円で取引されていたという現実は、あいまいな要件がもたらすバクチ性のあらわれで、健全な姿とは思えません。

一連の裁判所の決定を見る限り、取締役会の決議で、濫用的買収者以外の買収者に対して防衛策を発動することは、違法と判断される可能性が極めて高いと思います。

 株主総会の決議は、取締役会の決議よりも、防衛策の適法性を高めるという規範は、単に自己決定という理論的な側面から導かれるだけでなく、法的安定性の高い防衛策を導入する実務上の必要性からも認められるべきであると思います。

 2回にわたり、hibiya_attorneyさんのご意見に反論することで、自分の頭の中も大分整理されてきました。入門編を中断してブルドック事件に拘り続けておりますが、来週は、最高裁決定が出るでしょうから、ちょっと楽しみです。
 門前払いなのか、実質的判断がでるか。
 最近の最高裁のサービス精神を考えると、耳目を集めるこのケースなら、なんらかの考え方を聞かせてくれるかもしれない、という淡い期待をもっております(こればかりは、最高裁のお気持ち一つなので、なんとも予想がつきませんが)。

(質問コーナー)
Q1
内部統制の構築にあたり、グループ会社の監査をどうするかが大事だと思っています。
たとえば、親会社の監査役が子会社の監査役候補者について、事前チェックの意味で同意を条件とする会社の意思決定の仕組みを設けるのも一つの考え方だと思います。
ただ、会社の内部自治であっても、法律の明文がなくても、意思決定の仕組みで監査役にこのような同意の条件を与えるというのは、監査役の職務の範囲を越えて違法とまでいわれますか?

投稿 前川(再) | 2007年7月30日 (月) 16時50分

A1
 その同意に、法律上の効力はないです。
 もっとも、仮にそういうシステムを作ったとしても、監査役が損害賠償責任を負うということは考えにくいでしょうが。

Q2
司法試験の受験勉強のことで伺います。
予備校のテキストとは別に、学者の執筆による演習書(例えば、小林秀之教授の「プロブレムメソッド民事訴訟法」など)があります。このような演習書には、答案形式の解答は掲載されておりませんが、受験生がこれを利用する際の留意点についてアドバイスいただけないでしょうか。
投稿 SMOKY | 2007年8月 2日 (木) 08時48分
A2
 私は、演習は、間違いを修正し、知識を定着させるために行うものだと思っています。
 したがって、答えのない演習書は、答えを知っている先生に習わない限り、あまりやる意味がないという点に留意すべきです。

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