ブルドック東京地裁決定
スチール vs ブルドックの東京地裁決定がありました。
前回、乱用的買収者概念の要否(http://kaishahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_22e4.html)の記事の中でも、大変興味深いという話をしましたが、決定の内容を見ると、今後の買収防衛策の議論に欠かすことができない「素晴らしい決定」が出たと思います。
何が素晴らしいかというと、法律論を玉虫色にして事実認定や保全の必要性等で誤魔化すようなことをせず、正面からしっかりとした法律論を展開している点です。
その法律論の中身については、今後賛否両論が出るとは思いますし、誰が何をいうか、なんとなく予想もつきますが、新株予約権無償割当て型買収防衛策という新しい分野の問題について、裁判所が、今回の決定のように様々な論点について丁寧に解釈を示してくれると、議論が深まり、実務にも大変有益です。
裁判所が、新しい分野で法律解釈を示すことは、端から見るほど簡単なことではないと分かっているだけに、まずその点において、今回の決定を下した裁判官三名に心から敬意を表します。
次に、決定の内容について、私なりの解説を加えたいと思います。
決定が出た日に書いているような解説なので短慮の部分が多いと思いますが、書くことによって自分なりに整理したいこともあるので、思い切って書かせていただきます。
今回の決定は一言で言えば
権限分配論を前提とするこれまでの裁判例を踏まえ、かつ、取締役会や総会の普通決議で買収防衛策を導入した会社に、なるべく影響を及ぼさないような注意深い表現をとりながら、株主総会決定型の防衛策の適法性の指針を示したバランスの取れた決定
だということができるでしょう。
以下、論点ごとに見てみます。
1 新株予約権の無償割当てについても、それが株主の地位に実質的変動を及ぼす場合には、247条類推適用が認められる。
【解説】
「株主の地位に実質的変動を及ぼす」という要件を前提に、新株予約権無償割当てに247条類推適用を認めることを正面から示した初めての裁判例だと思います。
千問の道標にも書きましたが、私もこの見解に賛成です。
2 新株予約権無償割当てが、株主平等の原則に違反するか
(1)新株予約権の差別的行使条件・取得条項は、第三者割当ての場合には直ちに株主平等原則に違反するということはできないが、無償割当ての場合には、株主平等の原則の趣旨が及ぶ。
【解説】
従来、新株予約権の差別的行使条件等は株主平等の原則に反しないということは言われていましたが、「新株予約権の無償割当ての場合には、株主平等の原則の趣旨が及ぶ」ということを明確に言ったのは、この裁判例が初めてだと思います。
新株予約権の無償割当てが、株主の保有株式数に応じて行われるものであり、新株予約権の内容によって、取り扱いの不平等が生ずることを考えれば、株主平等の原則の「趣旨」が及ぶことは当然であると思います。
(2) 株主平等の原則には、例外的な取り扱いを認められており、差別的な行使条件・条件であっても、その例外に該当し許容される場合がある
差別的行使条件・取得条項のために特定の株主が持株比率の低下という不利益を受けるとしても、『少なくとも』
①株主総会の特別決議に基づき当該新株予約権無償割当てが行われた場合であって、
②当該株主の有する株式の数に応じて適正な対価が交付され、株主としての経済的利益が平等に確保されているとき
には、当該新株予約権無償割当ては、株主平等原則や会社法278条2項の規定に違反するものではない
(理由)
①会社法では、持株比率の維持の利益は、株式の経済的価値の平等より劣後すること
②会社法では、現金合併等により、経済的利益が確保される限り、株主総会の特別決議によって、少数株主の地位を強制的に失わせることを許容していること
③会社法は、譲渡制限株式の買取りや特定の株主からの自己株式取得等、支配株主等一部の株主のみが利益を受けるおそれがあり、株主平等の原則の上から株主の利害に関わる事項も株主総会の特別決議の下に許容していること
【解説】
「特別決議+適正対価」なら、株主平等の原則の例外として、許容されるということを示した初めての判断です。
「少なくとも」というところがミソで、「特別決議じゃなかったらどうか」「適正対価じゃなかったらどうか」という議論を留保しつつ、少なくとも本件は、株主平等の原則に違反しないと言っているのだと思います。
理由部分については、前回の記事や大杉先生と議論になった防衛策と総会決議(http://kaishahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_31d8.html)を参考にしてください。
私も、「少なくとも」、今回の結論と理由には賛成です。
留保部分をどう考えるかは、今後、防衛策を導入した会社が検討すべきポイントです。
発動条件を軽くして、今回の決定よりも発動のバーを下げてくる会社が出てくれば、その度に裁判となり、どこかの会社が、バーを下げすぎて裁判でコケる(差し止められる)
ということになれば、そこで、発動のための最低限の要件がはっきりします。
このような防衛策のリンボーダンスが始まるのか、それとも、今回の決定(抗告審で維持されることが前提ですが)に沿って、かなり厳格な要件のもと発動して適法性を確保する傾向が強まるのか、注目です。
3 新株予約権無償割当てが著しく不公正な方法により行われる場合に該当するか
(1)取締役会が、現経営陣の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として、新株予約権の発行をした場合には、原則として不公正な発行として差止請求が認められるが、敵対的買収者による経営支配権の取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情を会社が主張、疎明した場合には、例外的に、手段の相当性が認められる限り、株主構成を変更すること自体を主要な目的とする新株予約権であっても差し止められない。
【解説】
この部分は、ライブドアvsニッポン放送事件の決定等を踏まえたものです。
「会社が主張、疎明」「手段の相当性が認められる限り」というあたりが、会社としては悩ましいのですが、妥当な解釈だと思います。
(2)本件新株予約権無償割当ての実施は、株主総会の権限に基づきされているから、(1)の法理は、本件について妥当しない。
【解説】
本決定の中でも、非常に重要な部分だと思います。
以前の記事で述べたとおり、(1)の法理は、権限分配論をベースにしたもので、取締役会決議による発動の場合にしか適用されないというのは、まさにそのとおりだと思います。
前回の記事で「乱用的買収者じゃないかぎり、総会の特別決議でも持株比率を下げることができないというルールは、会社法にはないのではないか」と述べたのも、この決定と同趣旨です。
なお、私がこの部分について、実質的スクイーズアウトが可能となった点を正当化理由としてあげたところ、いとう Diary(http://blog.livedoor.jp/assam_uva/archives/50856641.html)で「
特に全部取得条項付種類株式を使えばスクイーズアウトをすることができるということを錦の御旗に掲げる理屈に問題があるということは、たとえば昨年の私法学会の報告で藤田先生が指摘されていたところだ(藤田友敬「組織再編」商事法務1775号55頁、56-58頁)。」
とのご批判をいただきました。
ただ、前回の記事や大杉先生との議論を見ていただければわかるとおり、私も、
「なんでもできるわけではなく、不公正発行又は不公正決議になる場合がある」ことは前提としております。
私が主張しているのは、
株主総会決議で発動する場合に「乱用的買収者しか駄目」というのでは狭すぎる
という点ですので、その点をご理解いただければ幸いです。
話を本決定に戻しますと、この(1)から(3)までの部分については、
取締役会の決議のみで買収防衛策を導入し、取締役会の決議のみで発動しようと計画している会社
については、ちょっとショックかもしれません。そういう会社は、防衛策の再チェックが必要不可欠です。
(4)誰を経営者として、どのような事業構成の方針で会社を経営させるかは、株主総会における資本多数決によって決すべき事柄であるから、定款に定められた株主総会の権限行使として特別決議に基づき実施された本件新株予約権無償割当てについて、その目的が経営支配権の取得を防止することにあることをもって、直ちに株主総会がその権限を濫用したということはできない。
【解説】
結論は妥当だと思いますが、株主総会の普通決議で防衛策を発動しようと考えている会社にとっては、なかなか悩ましい部分です。
株主平等の原則のところでは入っていた「少なくとも」という文言がここには無い、と言う細かいことはともかく
「資本多数決によって決すべき事柄であるから」=「定款に定められた株主総会の権限行使として特別決議に基づき実施」
なのか、
「資本多数決によって決すべき事柄であるから」⊇「定款に定められた株主総会の権限行使として特別決議に基づき実施」
なのか、気になります。
(5)株主総会としては、買収者による経営支配権の取得が企業価値を損なうおそれがあると判断する場合には、株主全体の利益保護の観点から相当な対抗手段を採ることが許容され、その対抗手段の必要性の判断については、原則として、株主総会に委ねられるべきであり、当該株主総会の判断が明らかに合理性を欠く場合に限って、対抗手段の必要性が否定される。
【解説】
大変、興味深い部分です。
以前から、買収により「企業価値を損なうおそれがあるのかどうか」(=対抗手段の必要性があるかどうか)を裁判所が判断するのは、保全手続では難しいという指摘がされていました。
本決定では、対抗手段の必要性については、株主総会の判断を尊重することを原則としつつ(=適法)、その判断が明らかに合理性を欠く場合に限って、必要性が否定される(=違法)というルールでバランスを採っています。
結論は、非常に良い線だと思いますが、この規範を、理論的にどう位置づけるかは、少し考えたいところです。
なお、ここで裁判所は、「特定の買収者による経営支配権の取得を妨げるという目的に必要な範囲を超えて、当該買収者又はその他の株主の利益を損なうことは許されない。」とも判示しており、これが、株主総会の決議をもってしても、経済的打撃を与える防衛策を許さない趣旨かどうかは、今後の議論を呼びそうですが、その基準としては、次の(8)で示されています。
(8)対抗手段の相当性については、株主総会が当該対抗手段を採るに至った経営、当該対抗手段が既存株主に与える不利益の有無及び程度、当該対抗手段が当該買収に及ぼす阻害効果等を総合的に考慮して判断すべきである。
【解説】
株主総会の決議によっても許されない防衛策を判断するための基準を示したものです。
おおむね、私が、以前、http://kaishahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_38aa.htmlでイメージしていたものに近いので、親近感があります。
この表現は、今後論文を書くときには、定番になりそうな予感がします。
以上、スチールvsブルドックの東京地裁決定をざっと眺めて、事実認定にかかわらない法律論の部分を抜き書きして、解説してみました。
個人的には、自分の考えていた線とほぼ同じなので、この決定が高裁でどうなるか、一層、興味が沸いてきました。
なお、決定の内容は、適当に要約しながら、書いたので、不正確な部分があるかもしれません。
また、解説も、流し読みして脊髄反射的に書いたものですので、あとで「おい、違うぞ」と怒られるかもしれませんが、速報版ということでご容赦ください。
最後に、全然関係ありませんが、日経ビジネスオンラインで
脱時空勉強術 第4回 効率的勉強のための情報3分法
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20070622/128159/
がアップされたので、勉強法に興味があるかたはできれば、こちらも覗いてみてください。
東京地裁の決定がinterestingすぎて、すっかり時間をつかってしまったので、本日は、入門編・質問コーナーはお休みさせていただきます。
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